1246「あれから3年」(310日(月)曇り)

 

若いころ英語のレッスンでPRO-CONという技術を学んだ。

あるテーマについて議論を最初に全体を賛成するグループと反対するグループに分ける。そして賛成論者、反対論者はとにかく根拠を見つけて相手を議論で打ち負かす練習をする。アメリカ人は子供の子どもの頃からこの訓練をする。だから議論に強い、という。

私はこれが嫌いだった。

議論のための論理づくりになり、ものの本質をみない、と感じたからだ。

明日で東北大震災から3年を迎える。

未だに避難所生活を強いられている人は大変だろうなあ、と思う。

TVでビート武等が巨大防潮堤の議論をしている。

巨大防潮堤は最近になって、本当に必要なのか、との議論が起こっている。

万が一の事故には役立つかもしれないが、膨大な予算を使い、浜辺の景観を完全に破壊してしまう。

美しい浜が売り物の観光業は壊滅してしまう。

空と海をみてその日漁に出るか否かを決める漁師は不便このうえない。

しかも中には田畑を守るために作ると言うがその田畑は今では海水の中に使っている。

「誰がこんな計画を決めたんだ。何を見ているんだ。民意を組んでいない。自分たちの都合だけで考えるオカミのやりかただ。」と息巻く、地元の代表。

しかし押され気味だった自民党の政務官が

「農地は最初のアンケートでは90%が使うという事で、地元から防潮堤をつくってくれと言う要請があったのですよ。」

ただしこのアンケートには15%が自分で農業を再開する、76%が代行、つまり人に頼んで農業をやってもらうと答えている。反撃をくらって地元代表は

「自分でやるのは15%ではないか。本音は土地を国家に買い上げてもらいたいのだよ。」など言う。

二つ感じている。

一つは世の中に絶対はないということ、絶対を求めてはいけない、と言うこと。

いまだに仮設住宅暮らしの人が多いという。彼らが受け入れ側の都市に嫌われたり、放射能汚染地域からの避難民は東京電力から多くの保証をもらうが、地震津波外のもらえず、両者の間で亀裂が起こっているなどの話は取り合えず脇に置く。

私は直観であるけれどもこれは人災ではないか、という気がする。

放射能汚染がある、戻れば汚染によって癌にかかる確率が高い、との理由で、判断者が責任逃れのために汚染地域の看板を外さないのではないか、とさえ思う。

あの広島原爆や長崎原爆の時はどうであったか。翌日には爆心地に人々が繰り出し、なんとかならないか、と自分で考えたのではなかったか。それが両都市の早い復旧につながったのではないか。おかげで癌になって早死にした人もいるだろうが、それはそれで仕方のなかったことかもしれない、と考えたくなるのだ。

絶対を求め、自分の考えに相手に妥協しない・・・・・。

この考え方は防潮堤についても言える。避難通路の確保など万が一の場合の完全とは言えぬが次善の解決策で満足するべきではないのか、と考える。誰かが述べていたが、自動車も飛行機も絶対安全なんて言える代物ではない。しかしこれをいまさら使うな、などと言う者はいない。

多分この考えは東海大地震屁の対策に対しても生かされるべきだ、と考える。

同じことが原発再開についても言える。1000年に一度の大事故を考えれば原発はやめた方がいいかもしれない。しかしやめるにしても今すぐにという議論はおかしい。絶対を求めて明日にもストップしてしまえ、という議論はおかしい。

もう一つ感じるのはそれぞれの無責任がこういう結果をもたらしているという点だ。さらに無責任の程度は地元が一番大きい。

状況の変化をもちろん考慮に入れねばならぬが、地元にたいしてうがった見方をすれば、従来地方は開発が遅れ、財政的にも苦しかった。そのために中央省庁に泣き付いて予算をつけてもらった。とにかく予算を取ることが大切であった。その矛盾が別の例ではハコモノ行政などにも現れ、後でメンテナンスの費用が無いなど騒ぐわけだが・・・・・。今回も災害にあったために安易な検討で「とにかく予算を取れ。」と動いた結果がこうなったのではないか。しかしその予算は考えてみれば我々も含めて国民全体の税金から出ているのだ。当初に今回のような計画を出してきた地元に今騒がれている「地方自治」など遠慮してほしいと言いたい。それをやりたければご自分の金でお願いしたい。

 

註 ご意見をお待ちしています。

e-mail address   agatha@ivory.plala.or.jp

ホームページ    http://www4.plala.or.jp/agatha/