1256「仕事とプライベート」(414()晴れ)

 

Yahooニュースより

「担任、息子の入学式へ…県立高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意

県西部の県立高校で50代の女性教諭が長男が通う別の高校の入学式に出席するため、担任を務める1年生の入学式(8日)を欠席していたことが分かった。新入生の保護者らは「今の教員は教え子より息子の入学式が大切なのか」と困惑している。

県教育局によると、県内の県立高校では、ほかに男女3人の担任教諭が子息の入学式出席を理由に休暇届を提出し、勤務先の入学式を欠席した。

関根郁夫県教育長は11日に開いた県立高校の校長会で「担任がいないことに気付いた新入生や保護者から心配、不安の声が上がった」と、この事実を報告した上で「生徒が安心して高校生活をスタートできる体制づくりと心配りに努めてほしい」と異例の“注意”を促した。

関係者によると、入学式の担任紹介の中で校長が女性教諭の欠席理由を説明。女性教諭は「入学式という大切な日に担任として皆さんに会うことができないことをおわびします」という文章を事前に作成し、当日、別の教諭が生徒らに配ったという。」

この事件がいろいろ議論を呼んでいるようだ。ある調査ではほぼ半数が怪しからん、としているが、4割以上が教師の行動を支持している。

私はけしからん派であるけれども、一方で「時代はずいぶん替わってしまった。」と思う。

男の世界ではまず考えられない。昔は、相当の私事を犠牲にしても、会社の都合を優先したものであった。そして最近の非正規雇用労働者が正規雇用を求め、さらには同一賃金を求める動きを見ると、彼等はいざとなれば会社より自分の都合を優先するではないか、と思ったりする。

しかし、プライベートと会社や学校の仕事、どちらを優先するかは難しい問題だ。

この教師は手続きはちゃんと踏んでいる。校長も認めているというから問題ない。

労働の権利と言う観点から考えれば、プライベート優先と言う考えもあるかもしれない。

然し火事のさなかに消防隊員が休み、自衛隊員が災害救助から抜け出せばやはり問題はあるだろう。プロ意識の欠如と言われても仕方あるまい。

入学式はそれほど重要なものか、という見方もあるかもしれない。ある人間にとってはそうでなくても別の人間にはそうなのだろう。

この事件では世間はあまり言わぬがもう一つ気になることがある。子息は高校生であるという事だ。高校生と言えばもうだいぶ大人に近い。それに親が絶対に出なければいけないものなのか。もっとも大学生の入学式、さらには会社員の入学式にも親が出るという話も聞くが・・・・。要するに甘えているのではないか、と感じる。この教師は「他人の子の入学式より自分の子の入学式を優先させている」のである。

もっともこういう見方もある。

高等学校の担任と言うのがどの程度の役割の物なのか。

小学校の場合にはすべての教育について担任が責任を負う。それ故担任は学校にいる間の親代わりのようなものである。しかし学年が上に行くにつれて専任教師が教えるようになる。担任は事務連絡程度になってしまう。大学ともなればいるのかいないのかわからないくらいだ。そうであればたかが入学式位欠席しても良いのかもしれぬ。それ故親がそれほど不平を言う事ではない様にも思う。高校生にもなって担任に何かをしつけてもらうなどと考えるのは甘い。

ただ私が不満に感じるのは、この女性教師に代表される教師の職業意識の問題。教師は聖職でもなんでもない。労働者に過ぎない。それなら労働者らしくさせろ。「君が代斉唱」で起立しないなどもってのほかだ。さっさと首にしろ、くらいに感じるのである。

追記 韓国珍島沖で客船が転覆、死者、行方不明者は300人に達するらしいとのニュース。修学旅行の生徒が多く犠牲になったとか。まだまだ捜査が続いており痛ましい。

しかしこの事件で問題になっているのが船長や船員がいち早く船を客を置いて逃げ出してしまったこと、船長に至っては沈没1時間以上前に逃げ出し、濡れた自分の金を乾かしていたというからあきれる。論評にはタイタニック号の事件と比較するものがあった。あの時は女性優先、次に男性、最後に乗組員と言うルールが守られ、乗組員は全員犠牲になったという。

当事者としての責任を大事にするか、それとも己か、たかが入学式に欠席した話をひどい話と比較するという人もいようが、同根にもみえる。さらに格好良く書いたけれども、自分が船長であったらどうだろう?みなさんはどうですか。

 

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