1259「小学校の先生の墓参り」(4月9日(水)晴れ)
小学校の2年前に亡くなった先生の墓参りに行くことに成った。同級生の一人がひどく熱心な事、自分自身の子供のことを考えればその先生には長い間、
お世話になったことを考えて、参加した。
私が小学校に入学したのは昭和23年。まだ終戦まもなく、物資のないころであった。学校は二部制。教科書は不足してくじ引き、外れてしまった。すると母親がその先生から本を借り出し、父親が一晩かかって写してくれた。確か「さくら、さくら」と書いてあった教科書が頭の隅に残っている。給食なんてものもやっとできたか、できなかったかの頃、それでいてあの脱脂粉乳のミルクをひどくまずいと感じた。
担任が墓参りに行く先生であった。2年生の時に何かの理由でいっとき変わったこともあったが、ずっとその先生が続いた。小学校4年の秋の頃であったか、近くに別の小学校が出来て私はそちらに移った。するとどういうわけかその先生も移動になり、また私の担任になった。結局ほとんど6年間お世話になったのである。
小学校の先生は、私は一番大変な職業の一つではないかと思う。常識人でなければいけないし、算数も国語も、音楽も体育もあらゆることがそれなりにできなければいけない。しかもタフで人を説得、統率する能力がなければならない。
先生は長野の出身。豊島師範を出たという話だ。植物や動物になかなか造詣の深い先生であった。「わが博物誌」なる本を手製で作り皆に配ってくれた。今でも我が家に書棚の片隅にある。なかなか器用な人でもあったようだ。絵がうまい。年賀状にはいつも洒落た干支の絵が添えられていた。音楽も習字もできたし、写真の趣味もあった。
私は5年生のころ科学でモーターやベルを作ったが、わたしのものは動かなかったし、鳴らなかった。それをコイルの巻き方など、助けてもらって最後にはうまくいった。
私のことを先生がどの程度気にかけてくれていたのかわからぬ。よくいたずらをして立たされた。耳を引っ張って立たされ、尻をたたかれ、授業が終わるまで廊下に立っていろ、など言われた。先生は、軍隊に行っていたらしい。その時の思い出話が時々授業にも現れた。
小学校2年の時であったか絵日記を書いて随分ほめられた。もっともその絵日記は父が命じ、母がいつも私の尻を叩いてやっと書いたものであったが・・・・・。絵日記は今でも私の書斎の棚に残っている。クレヨンの絵や、たどたどしい文字が懐かしい。4年生の頃であったが、植木算の問題が出されたことがある。父から「100万人の算数」とかいう本を与えられて、それなりに取り組見始めていたから、経験ずみですぐに解けた。ほかの生徒を残して私は一人先に帰ることを許された。そんなことがあったからだろうか、6年生の時に母が「この子は必ず伸びると先生が言っていた。」と私の頭を撫でてくれたのを覚えている。
しかし依怙贔屓や弱い者いじめなどなくはない先生であった。このころの先生は権威があった。モンスター父兄などいなかった。生徒もいまどき程外れた生徒はおらず従順であった。逆の見方をすればやりたい放題であった、ともいえる。しかしこの方がいいのかもしれぬ。発展途上国の教育の様子をみているとどうもこのころの日本のスタイルに似ているように見える。
5年生の頃、家の貧しい、勉強のできぬ、背の小さな少年がいた。宿題はやってこないし、言われたものも用意してこない、授業もわからない。同級生の一人の話。実はそれは家庭環境のなせる業だったのだ。先生はそれをわかっていながら、随分いじめた、頭をこずき、尻をたたいたではないか、墓参りなど行けぬと主張している。
ベレー帽などかぶり洒落たスタイルに努めていた先生であったが、母によるとキザで、父兄に評判はあまりよくなかったらしい。能力は高いのに、私には何故だか今一歩分からぬ。先生には私からは見えぬ多くの世界を持っておられたようだ。
後年になってパーキンソン氏病にかかられた。大泉の方の家庭を改造した老人ホームのようなところで寝たきりであった。1年に1回、3回くらい行ったろうか。最初は昔話にふけるなど元お元気の様子であったが年々衰えて行く様子であった。2年ほど前の時はもう意識が無く、我我のことも分からぬ様子であった。その後まもなく亡くなったとのことである。私より可愛がられた様子の同級生がいた。今回彼の呼びかけで墓参りに行くことに成ったのだ。
(4月10日)航空公園駅には女性一人を含め6人が集まった。バスで所沢聖地霊園。事務所で聞いて先生の墓地はすぐに分かった。A家の墓となっており、数人の人が眠っているようだ。凶年87歳、私の父より1歳若い。しかし長生きと言うべきか。墓を清め、線香をたき、花を添え、手を合わせる。帰りに喫茶店で暫く会話。自分たちの現在の状況の話の方が多く、先生の思い出話はあまり出なかった。
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