1262「老人の繰り言」(5月6日(火)曇り)
台湾等に10日間のクルーズから帰ってきた高等学校同期のA君と昼食。「どうだった?」と聞くと
「今回は飯がまずかったよ。我々は一人40万も払ったが、船会社は安い客をたくさん集めた。食事は彼等と一緒だ。肉が固くて食いきれない!」
「でものんびりして楽しかったんだろう。」
「久しぶりに海を見たことはよかったさ。船の一番上に金を払うが、サンクチュアリというレストルームがある。外の風がわずかに入ってくる部屋。俺はそこで読書をした。」
「台北や花蓮はどうだった。」
「故宮博物館は中国人ばかりが多すぎて、ろくにみなかったよ。花蓮はどこに行ったのかなあ。高雄?金ぴかの大仏ばかりが並んでいる公園に連れて行かれた。金があると人間はああいうことをしたくなるのかなあ。」
「人間は案外金の作りかた、貯め方は勉強しても使い方は知らんものさ。」というとそうだ、そうだ、という事になった。
中学生の頃であった。将来何をしたいか、と夢を語り合った。すると一人が
「おれは金をためたい、大金持ちになりたい。」
すると知った風な様子の者が「それで何をするのだ。」彼は詰まって
「酒池肉林にふけりたい。」
その男が将来どうなったのか知らぬ。風の噂ではロシアで日本語を教えていると聞いたが・・・・。
「Bも亡くなってしまったな。」
同じ同期の元気のいい男であった。自転車管理の会社を立ち上げ、大きく発展させた。しかし癌で苦しみ最後は胃を取って見られたものではないほどやせていた。
「元気な時にそう思うものかもしれない。しかし十分ためたころにはもう元気がなくなっている。人間じゃなくなっている。」
そんなことはない、と否定しつつもそうかもしれない、という思いが胸の底にこみ上げてくる。鮭を見ればいい。彼らの仕事は子孫を残すことだけ、それを終わったとき遡上してきた川に累々たる死体を晒すではないか。
A君は2年くらい前に脳梗塞で倒れ、半身利かなくなった。しかし彼に話によると「こんな状態でくたばれるか。」と一生懸命頑張った。もうずいぶん回復した。足が悪かったが、歩行の際の杖も持っていない。しかし週に2回リハビリを続け、薬も飲んでいる。」
「その病院で何か処置してもらいたいことがありますか、とアンケート調査があった。俺は「インポを治してほしい。」と書いたが、答えは返ってこないし、特段の処置もない。」
そしてさらに「リハビリなどくだらない物ばかり続けていると、ときどきあの脳梗塞の時に死んでしまえばよかった、と感じる」
それでいて自殺をするほどのエネルギーも残っていない。死を不思議に元気な若者たちほど何でもないように唱える。それを悪い者が煽動して特攻隊や自爆テロを起こさせる。もう死以外なくなった年齢になると死を恐れる。
「もっと充実させて人生を生きなければだめです。趣味はないのですか。」
昔は家を守るという事を生きがいにする老人もいた。しかし家族制度が崩壊し、親と子の絆すら絶対対でなくなった時代・・・・俺が死んだあとは関係ない!用の亡くなった老人は、きれいごとを言われるも、本当のところは死を望まれているのではないのか?
旅行でもボランテイア活動でも趣味でも、時と死ぬまでの無聊を慰める手段に過ぎないではないか、とときどき感じる。それでも「こういった活動をできるうちが花」と感じる。その花を少しでも長く咲かせようと運動などする。趣味の世界で時々感じる。
「これがうまくなったって何になるのだろう。金儲けでも今更あるまい。」
「どんなに技量を身に着けたところで私の死と共に雲散霧消してしまう。」
それを生きがいなどと言う言葉で隠蔽して、つまりは自分をごまかして、死へ続く人生をひた走っている、というのが本質ではないのか。それが素晴らしいことのように言いくるめるのが、趣味を教えるいわゆる先生なのではないのか。
(追記)よほどこんなエッセイは消してしまおう、と考えた。しかし孤独老人の本質との考えを捨てきれない。それでも生への欲望が強く、それならせめて死までの期間を充実させて生きるべきだと考えて、我我は活動すべきなのか。健康で、財もある友人の一人は「人生、あと7000日か10000日、その間を碁とゴルフと釣りで埋め尽くして生きたい。」と言っていた。
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