1293「詩吟研修旅行」(9月4日(木)曇り)
仙客来たり遊ぶ雲外の地、神竜住み老ゆ洞中の淵・・・・・
箱根の関所の奥に高みに登る階段がある。上からは芦ノ湖が一望できる。今日は天気も良く、湖には観光船や釣り船、岸辺には観光客のむれ、関所跡に大きな杉の木が3本・・・・。今見て降りて来たばかり。見上げると、遅れてきた先生など10名余りが高みで石川丈山の「富士山」を吟じている。あいにく雲が出て富士山は見えぬが、いい気持ちそうだ。
二泊三日の読売文化センター詩吟教室の研修旅行。湯河原に泊まった。
一昨日は万葉公園登り口にある226事件所縁の地を見学した。昭和11年陸軍若手の叛乱、高橋是清等多くの政界人が暗殺され、日本の軍国主義が一段と強化された事件。そのとき英米と協調路線を取ろうと主張する牧野伯爵は湯河原に滞在中であったが、別働隊が襲った。その屋敷跡で、ボランテイアの老人が熱心に説明してくれた。宿はそこから千歳川に沿ってだいぶ海側に行ったところに或る万葉荘。食事がなかなかよかった。
二日目、つまり昨日研修。私は春暁を吟じた。
春眠、暁を覚えず、処処啼鳥を聞く、夜来風雨の声、花落ちること知んぬ多少ぞ。
孟浩然作。然し五言絶句でなかなか歌いにくい詩。先生は無理かもしれぬ、と否定的だったが、まえから吟じたいと思っていたから無理にお願いした。バックミュージックの音が意外に大きく感ぜられたから思い切り大声で歌った。「肩にずいぶん力が入っていた。」とも言われたが、自分なりに満足であった。
この研修旅行は5会派くらいの合同の研修旅行であったが、今回は別の会派が用意した歌謡詩吟に面食らった。あのシベリア抑留の歌「異国の丘」を詩吟仕立てで、皆でいきなり歌う。・・・・・今日も暮行く異国の丘に、友よ、辛かろ切なかろ・・・・・
どうなることかと思ったが、詩吟の節回しは大体同じである上、中心になった先輩のaさんだけはあらかじめ練習されてきた様で、それなりに様になった。詩吟は結構楽しい物かもしれぬと改めて認識。
一人一吟づつであったが皆力強く唄った。剣舞も花を添えた。
発声方法などについてb先生の講義もあった。発声は実際にもという事で、富士山にちなんだ詩吟を立て続けに練習した。「富士山」、「富嶽」、室鳩巣の「富士山」、山岡鉄舟の和歌「富士」等。冒頭の詩吟は前日その練習をしたために自然に出たという事か・・・。
この講義の中でコンダクターの必要性を感じた。「コンダクターなしでは羅針盤なしで船を操るようなものだ。」とか。
二日間ラジオ体操をし、私が一応指導役を務めた。一日の始まりをラジオ体操で始めるというのは中々気持のよい物だ。「詩吟体操」もそれに続いて行った。そして飯、というのだから健康的。
その上、私は体操の前に海まで歩いた。朝日に向ってもう釣り糸を垂れている人などがいた。遠くには大室山、小室山、沖には初島が見えた。最近慣れ始めたばかりのスマホで写真を撮った。aさんが犬を連れてきたおばさんと話したが、彼女が昨日226事件跡の説明をしてくれたボランテイアのcさんの奥さんとわかり、びっくり。
中々楽しい二日間であった。
この旅行は研修旅行であり、慰安旅行であるべきではない、という人もいた。詩吟を練習す目的を考えると
@
詩吟の全国大会などに出て上位入賞を狙うなど向上心の高い人
A
詩吟はあくまで趣味である、と考える人
参加者は圧倒的に後者が多いように思う。そうであれば研修はあるものの懇親主体の会でも構わないではないか。ただし前者にとってみれば剣舞も歌謡詩吟も無用だ、まして食後の余興だのカラオケなどなくてもいいではないか、と考えるかもしれぬ。実はこう考えて面白くないと怒って、荷物をまとめて戻ってしまった者がいた。教えられるところの多い先輩格であっただけに、唯一残念であった。技量向上だけ考えるなら、カルチャーセンターなど無用だ、別の方法を考えればいいのだ・・・・・。
海に散歩に出た時「やっぱり大きな声で思い切り歌うことが詩吟の楽しさだ。それなら研修の一つに全員で浜に出て思い切り吟じてみるのはどうか。」という者がいた。実際こういう広いところで声を出すと、いくら大声を出しても周囲の音にかき消され、自分の声の小ささにがっくりくる。面白いアイデアであると思った。
帰りに魚屋で買った金目鯛やアジの干物を抱えて6時近くに帰還する。幹事さん、ご苦労様・・・・・。
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