1294「高校同期の友人と漢詩を吟じる」(9月7日(土)曇り)
高校同期のa君の呼びかけで仲間4人による昼食会。少少飲み過ぎた。終わるとa君が
「どこかでカラオケができないか。」
彼はずいぶん前から関西の流派に属し、詩吟を学んでいる。数年前「私も詩吟を始めた。今度発表会がある」と言ったところ、東京まで出てきて、私の下手くそな「富士山」を聞いてくれた。カラオケの後、一緒に一曲吟じようではないか、というのが彼の考え。b君もいれて三人で荻窪のカラオケにゆき、1時間ばかり楽しんだ。
そのあと、a君の要請でいよいよ詩吟対決?
私はこの前の研修旅行で吟じた「春暁」を吟じた。
「春暁」は、木曜日の中国語の授業で、これを中国語読みにして先生に披露した。中国でも有名で先生も知っていた。
春晓 孟浩然 chūn xiǎo mèng hào rán
春眠不觉晓. chūn mián bù jué
xiǎo
处处闻啼鸟. chǔ chǔ wén tí niǎo
夜来风雨声. yè lái fēng yǔ shēng
花落知多少 huā luō zhī duō shǎo
さて詩吟。a君の評。「随分堂々とした声で歌えるようになった。この前の大会(2年前くらい)と比べて格段だ。」と外交辞令。ただし「直立不動で歌うべきだ。ポーズをつけないのが、吾流派の歌い方だ。」と主張していた。
a君自身は峨眉山月の歌・・・・李白である。
峨眉山月半輪の秋 峨眉山月半轮秋 é méi shān yuè bàn
lún qiū
影は平羌江水に入って流る 影入平羌江水流 yǐng rù píng qiāng jiāng shuǐ liú
夜清渓を発して三峡に向う 夜发清渓向山峡 yè fā qīngxi1xiàng
shān xiá
君を思えども見えず渝州の下 思君不见下渝州 sī jūn bú jiàn xià yú zhōu
彼の方が全然うまく、私は口をポカンとあけて聞き入っていた。感情移入が激しい歌い方、言葉を切って歌う、その辺が印象深かった。録音しておけばよかった、スマホに録音機能がついていたのに・・・・。
パック旅行で2010年6月に弟と峨眉山にゆき、あの有名な楽山大仏を見ている。
もっとも李白は701-762、楽山大仏の建設は713-803であるから、まだ建設中という事か。今は峨眉山も大仏もユネスコの世界遺産に登録され、にぎやかだが、そのころは何もない文字通り山の中であったに違いない。
李白は酒の飲みすぎで一時宮廷をおわれ、廬山に隠居していたが、755年の安禄山乱以降、再び宮中に呼ばれるなどする。そのころの歌であろうか。「早に白帝城を発す」と同じような感じ。
4年前、峨眉山に行った時の日記を抜粋してみる。
「1時間くらいで山の中腹のお土産や前で車を止める。漢方薬の原料やお茶を販売しているが売れている様子はない。エンジンを水で冷やすために車をとめたのだとか。何しろ高度3000m、大変なのぼりである。ようやくバスセンター着。小雨模様のため雨合羽にする。
ここからは徒歩で山道を歩きロープウエイセンターを目指す。石段がしっかり整備されているため歩きやすい。人、人、人・・・・中国人も豊かになったもの!やはり漢方薬、お茶、あるいはふかし芋など売る粗末な露店。
View pointらしきところは、千尋の谷、霧、石楠花。突然上から、観光客を台の上に載せて担いでいる男が二人勢いよく降りてきた。要するに駕籠かきである。あんなものに乗るようじゃだめだな、とあきれる。
ようやくロープウエイ駅。そこから1000mくらいを一気に駆け上る気分である。眼下に豊かな樹海。断崖が続き、霧、墨絵の世界。5分かそこらでつき、そこから歩いて少しのところにある寺のような構えのレストランに入る。・・・(食事)・・・霧の中に白い象が浮かび上がってきた。両脇に象の配された階段を登ってゆくと、一番上に金色の巨大な普賢菩薩像。さらに菩薩像の脇の階段を登って裏手に出ると広場、金色のお堂の上に「金頂」とある。ここが頂上らしい、3070mあるとか。山を降りる途中、昆虫が趣味の弟が躑躅の花の間に飛んでいる小さな緑色の蜂を見つけた。写真に収める。」
尖閣列島国有化あたりから日中間の関係がおかしくなり、ほとんどの中国旅行が中止になってしまった。しかし最近改善の兆しも見え、私はもう一度行けたら、と感じている。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail address agatha@ivory.plala.or.jp
ホームページ http://www4.plala.or.jp/agatha/