131「大寒の朝」(1月20日 晴れ)

大寒だそうである。
寒という字は、氷が結ぶの意味とか・・・・・うわー、寒い。
朝、5時。私は今年の冬は暖房をいれないと決心している。がんばれ!どてらを着、襟巻きをし、ひざには毛布を巻いて机の上のパソコンに向かう。

少し大寒のお勉強をしてみよう。資料は昨日集めてある。

大寒は旧暦の二十四気のうちの一つ。古来中国では、冬至を起点として、一回帰年を八等分し、八節(立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至)、さらにそれぞれ三等分し、二十四気と呼んだ。「節気」ともいう。少しアカデミックに言うと、二十四気は、黄道上の位置を24分割したもの。黄道とは太陽の視軌道。即ち地球から見て太陽が地球を中心に運行するように見える天球上の大円。天の赤道に対して23.5度傾斜する。
大寒は、太陽がその軌道(黄道)上黄径300度を通過する日。285度を通過する日が小寒、これからくる315度を通過する日が立春、0度、180度が春分、秋分、黄道が赤道と交わる点である。90度、270度が夏至と冬至。

用意した紅茶の最後の少しを飲み干す。冷えるなあ。

暦の歴史はここではくだくだ述べぬが、その本来の目的は農事用。だから旧暦(太陽太陰暦)では立春正月を建前とした。しかしこの暦は、閏月(13月)などにより実際とは10-20日くらいのずれが生じてしまい、不都合なので二十四気が使われるようになった。
しかし中国・黄河の中・下流地域での季節区分であり、日本では少し合わない面がある。その上日本で極寒と感じるときを、中国ではこれ以上寒くならないので、春が来たと考えるなど差がある。たとえば二十四気の一つ立秋は8月8日ぐらいだが、日本人の感覚からは少し早すぎる。大雪は12月7日くらいだが、あまりこの時期の雪は聞かない。
それでも明治以前日本人は、この輸入物の二十四気に中国暦の雑節、すなわち二十四気以外の気候の変わり目を示す節分、彼岸、入梅、土用など、さらに固有の八十八夜や二百十日を加えて使っていた。

最後にもう一つ。節気(二十四気)に似た言葉に節句と言うのがある。これは季節の変わり目を表し、定められたお祝いをする日。ところがこれは本来旧暦ベースだった。だから立春を新暦ベースに変えて2月4日にするなら、3月3日の桃の節句も4月初旬にしなければいけない。ところが明治6年に日本が太陽暦に統一されたときに、混乱し、旧暦の日にちがそのまま新暦に移されてしまったということだ。

さて、この先、どう書いたものだろう。どてらから亀が手を出すみたいにちょこっとだしてテレビのリモコンスイッチを取り上げる。NHKの「取れたてマイビデオ」・・・・方言を使ったカルタが披露されている。
薀蓄はともかく今から立春あたりまでが一番寒い季節。いや、しばれるねえ。もう一度パソコンに向かう。

しかし注意してみると少しではあるが春の到来を告げる兆しが見えてきている。
毎朝6時10分過ぎに家を出て、公園に行き体操に行くのだが、少しづつ明るくなってきたようだ。
昨日の朝のことを思い出す。日の出は6時40分台。体操が終わる頃には明るくなりきっていた。心なしか、池の鴨も少し元気が出てきて、数も増えてきたように見えた。公園の近くの小学校の梅ノ木はもう3分咲きだった。この辺では一番早く咲くので知られているのだそうだ。近寄ってみるともういいにおいがした。

お、そろそろ体操に行く時間だ。今日も一日がんばろう。最後に机の下に落ちている昨日の夕刊を取り上げる。
それにしても景気は相変わらだなあ。景気判断「弱含み」、一時的の後退懸念、3ヶ月連続下方修正、一体こちらのほうの春は本当に来るんだろうか。

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