1325「今年の年賀状から」(14日(日)晴れ)

 

年賀状はいつごろまで続けるのであろうか。そして自分がその時になった時、相手にどのようにして断るのであろうか。そろそろ絶える人も出てきた。年賀状に著作権はあるのだろうか。良くわからぬ。勝手に面白いと感じたものを抜き出してみる。

「江戸時代に庶民の間でも盛んとなった庚申信仰はもともと中国の道教にある「三尸説」に基づくものです。人間の体には頭に一匹、腹に一匹、足に一匹、合わせて三匹の虫(三尸)がいて庚申の夜、主人が寝るとその身体から抜け出して天に昇り天帝に主人の諸悪行を報告します。天帝はそのわるさの程度に応じて主人の寿命を縮めます。そこで三尸が天に昇れないようその晩は徹夜をしようとしたのが庚申待の始まりです。・・・・・庚申待が巷間に広まった江戸時代には全国津々浦々に庚申塔が建てられるようになりました。」

古文書研究会という集まりがあって、そのメンバーの一人が庚申塔の研究をしている。日本全国の庚申塔を訪ね歩き、調査している。その彼からの年賀状の一部である。三匹は標準で私の中には何匹の虫がいるやら。

確か元新聞記者でかなり左翼的思想の強い高校時代友人

「昨年は娘のミニホテルがスタートし、沖縄では名護市市長選,翁長新知事(写真)の誕生、総選挙など大きな勝利が続きました。」

未だに運動をしているのだろうか。それにしても何も自分の年賀状に新知事の勝利の写真を載せることはないと思うが・・・。総選挙は日本全体では残念な結果、とは書いてなかった。

若いころは、このように政治信条などを書いた年賀状が散見されたが今年はこれ一通であった。大体は思い思いの各人の現況報告、12行であるが楽しい。

「文化財保護ボランテイアとして、土器の発掘・洗浄・接合、又土器づくり・野焼きなどして、古代人に思いをはせながら土の感触を楽しみました。」

「お元気ですか。健康のため毎日働いています。」・・・・立派!

「快調(株)な1年でした」・・・・羨ましい

「その後、お変わりございませんか。今年は四国巡礼をしたいと思います」

「孫が7人になりました。少子化対策に貢献することになりました。」・・・私は5人。

「・・・思い立って二人でウズベキスタンの古都いくつかを3月に訪れることにしました」(夫)・・・「行ったこともない土地の大昔の話を食事のたびに聞かされるのはうんざり・・・」()・・・お二人の意見が並べて印刷されている。睦まじい?様子が垣間見られるようで楽しい。

詩吟の先生は、和服姿でヒツジの置物を持ったご自身の写真を全面に押し出している。欄外に「6回廻ったヒツジです。(ヒツジは絵である)今年も宜しくお願い申し上げます。」

これでは年齢がばれてしまう、書いてなければ、一回りくらい若く見られたかもしれない、と思うが、それがこの先生のあけっぴろげのいいところか。しかし年賀状としては一番王道を行っているように思う。なぜなら年賀状の役割は挨拶と自分の現況を伝えることではないのか。

会社で一緒だった男「何が起こっても不思議と思えない世の中になったけど先が短いからやりたいことは身体の動くうちにやっておこうと思います。」

その通りでこの世は元気に生きているうちが花。1319「「こんな長寿にだれがした。」を読む」のエッセイにつぎのようなことを書いて来た人がいた。

「話の仙腰a尚でしょうか。臨終のときに弟子がまわりに来て、高僧の最後の言葉を聞きたいとあつまりました。最後のお言葉を言われた高僧は「死にたくない」といったそうです。弟子たちは最後の立派な言葉を聞きたかったので再度お願いすると「ほんとにほんとに死にたくない」とか言ったそうですね。小生も70をこえ、いつも死にたいと思っていますが、最後になるとそうなるのでしょうか。そうかもしれませんね。」

この人はいつも年賀状の代わりに自作の通信を送ってくる。A3版の紙面にはご自身が作ったり集めたりした記事がいっぱい、楽しくなる。最初の挨拶に今年は「・・・・この年賀状もあと何回でしょうか。でもこれが途絶えたら旅だったとご理解ください。・・・・」末永く元気に頑張っていただきたいものである。

最後に相模湖に住んでいる小学校時代の女性友達の年賀状の一節。

「こちらは圏央道の開通とリニアモーターカーの着工で少し賑やかになってきました。試乗のくじにはずれたので2027年まで元気に頑張ろうと思います。」

東京オリンピックが2020年、その時私は79歳、2027年と言えば86歳、私にもいい目標!

 

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