若い頃、昼飯をいかに安く食うか考えた。ご飯とおかず一品なら、カレーなら・・・・。こういう時、昼飯はようするに夜へのつなぎで、腹を膨らませればいいと、考えている。しかし、ゆとりを持ってくると、昼飯もゼイタクになってくる。するとファミリーレストランだの回転寿司だの。その次は高級レストラン。こちらは大抵優雅な女性同士かカップル。時間をかけてワインなどもご注文。
牛丼は一番最初の部類に属する。吉野家の場合、280円で充分腹が膨れる。漬物だの生卵だのは別料金。そういうのを取るとすぐ500円くらいになる。
昼飯を楽しむつもりがない分、牛丼を食べに来る人はその後ろ影に孤独感が漂っている。一人である。大抵は若い男である。席に座る。注文をする。運ばれてくる。黙々と食う。黙々と支払い、黙々と出てゆく。
しかしこう書くといかにも吉野家の牛丼がまずいものの典型ように聞こえる。
反対で結構うまい。私の属している生協では上に載せる肉をパック詰めにしたものまで販売している。
味付けをずいぶん研究しているらしく、いつかテレビで同じ牛丼チェーンを展開している松屋の主人が「吉野家さんには味ではかなわない。」と言ったのを思い出す。
仮定の話だが、これを黒塗りの瀬戸物茶碗にいれ、盆に香の物とおいしいお茶をそえる。ただし、上に載せる肉は倍くらいにしたほうがいいかもしれない。それをたすきがけのお姉さんに持たせ、季節の花がかざってある少し照明の暗い店で出したら、3倍くらいの値段を取っても不思議ではないかもしれない。
ただ、店の方針で出来るだけ低価格に抑えているから大衆にはありがたい限り。
荻窪に出て、今日はなんとなく牛丼を食う気分になった。カウンター式の店は機能本位で雰囲気がないのが残念。「ライスは通常通りで大盛りにしてくれ。」と注文する。
それにしてもこの牛肉は薄く切ってあるねえ。1.3ミリだそうだ。全体がカールしていて、何だか鰹節みたいだ。しかし吹いても飛ばぬからそこのところがうまい切り方ということか。それにそれだから、短時間で味付けができ、堅さを感じないと納得。
最近吉野家はニューヨークなど海外でチェーン展開を始めたと聞いている。向こうでは肉の厚みは変えているのだろうか。欧米人には薄すぎるような気もする。
牛丼は、明治時代にはやった牛鍋の残り汁をかけた丼飯がルーツ、と聞いている。家畜牛をつれてやってききた渡来人たちは、牛肉を食べると言う文化を日本に持ち込んだ。しかし7世紀ごろから、仏教の教えに基づいた肉食禁止の動きがひろがった。だから 明治の最初は、これを食うと角がはえてくる、などとの噂が流れた。
しかしうまいので急速に普及した。開花丼とも言った。ただこのころ載っていた肉はもっと厚かったに違いない。なぜなら冷凍させて機械で薄く切る技術などなかったはずだから。すると肉は堅かったに違いない。でもあごが丈夫だったんだろうなあ。
そんな詰まらんことを考えているうちにもう肉がなくなってきた。
大盛りは440円である。私はすばやく440-280=160と計算して160円分肉が沢山載っている、と計算した。ところがあにはからんや。あんまり隣の並盛と変わっていない。考えてみると160円分にはメシと肉の両方の増えた分、それから280円では安すぎる分、もろもろが加わっているらしい。私は「ライスは通常通りで大盛りにしてくれ。」と言ったが、それによって飯の権利は放棄されたらしい。だから160円のうち肉の増量に回ったのは3分の1くらい・・・ウーン、ちょっと店は冷たくない?
ちょっと憮然としてコーヒーでも飲みに行くかと店を出る。
註 ご意見をお待ちしてます。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha