1340「選挙権年齢引き下げに思う」(3月5日(木)晴れ)
18歳の子による、13歳の子殺人事件がしばらく話題になっていた。そしてこれを機に少年法の改正も検討するべきだ、との意見があるとか。
一方で18歳以上を成人とみなし、選挙権が早ければ来年の参議院選挙から与えられるとのこと。未来は現在の若者のためにある、そのためできるだけ政治に参加させ方がいい。
しかし選挙権年齢の話は意外に新聞記事やマスコミでの扱いが小さいように思う。民主主義というのは実は20歳以上完全平等民主主義と思っている。これが18歳以上完全平等主義に変わろうというのだ。大問題ではないか。与野党賛成の様で提案、議論しても面白くないのか。
易しい記事だが3月7日日本経済新聞「ニューススクール」
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選挙法の年齢を引き下げるのは1945年に「25歳以上」を今の20歳以上に変えて以来。
A
18-19歳の新たな有権者は約240万人・・・・これが選挙にどういう影響を与えるか?
B
被選挙権は衆院と地方議員は25歳以上、参院と知事は30歳以上でこれはかえない。
C
当然のことながら衆院選、参院選にとどまらず、知事、市民、町長と言った地方公共団体の長や地方議員の選挙にも影響を及ぼす。
D
世界を見渡せば国が調査できた191か国の国・地域のうち、9割に上る176が18歳以上に選挙権を認めている。ブラジルやオーストリアのように16歳から認めている国もある。
E
民法の成年年齢を18歳に引き下げよ、との意見もある。実は成年年齢も国際法では18歳。飲酒、裁判、結婚など日本の法律では20歳基準の物が多いが、どう考えるべきか。
ひるがえって、自分の18歳、19歳の頃を考えてみる。
高等学校を卒業したものの受験に失敗し、浪人生活、1年でめでたく合格し、確か次の歳の1月に公会堂の成人式に参加したころのように思う。
政治意識がなかったわけではない。浪人中に安保反対のデモに初めて参加した。樺美智子さんが殺されたころであった。いまから考えれば皆に同調していっただけで、恥ずかしい限りだ。安保はその後の日本の発展に大いに貢献したではないか。予備校のいつも正義を唱える世界史の先生が「君たちはまだ浪人の身だ。大学生になってから考えろ。」と諭していたことが記憶に残っている。あれは言わされたのか、自分の意見だったのか。
この改正、私自身は賛成とも反対ともいいかねる。18歳で世の中を見渡せる判断能力が十分だなんてとても言えぬ。しかしそのいい加減さと若さで行った行為が、その後の人生と世の中を支配するケースが多い。歳を取れば賢くなるが、知識はどんどん陳腐化するし、行動力も亡くなってくる。判断が難しいところだ。どこで聞いたか記憶にないがこの年代の女性の「まだ分からないから選挙に行かない。」との言葉も記憶している。
ここから先は今回の件とは少しずれた自分の意見。ひるがえって日本の選挙を考える。
「選挙に行くことが国民の義務であるかのように考え、投票率が高い事ばかり気にしている。」ようにも見える。調べたわけではないからわからぬが、アメリカあたりでは選挙に行きたい、と申請した者のみが行ける制度になっているらしい。行かない人間の権利は無視していいのか、というが、無視していいのかもしれぬ。意思表示をせず、皆の意見に従うと宣言したのであるから・・・。投票率にあまりこだわる必要が無いような気がする。選挙年齢の引き下げに伴ってこの辺も議論されるべきではないだろうか。政治に全く関心が無い人間にも投票を強要すればみな富くじでも引くような気分で投票しないだろうか。その結果一部の者に先導されたり、目先のことだけ考えたりする衆愚政治に陥らないおだろうか。
さらに言えば政治とは金・・・・・・。
ある政治家が「政治とは結局富を再配分するやり方を探すことだ。」と言っていた。とすれば富を提供している者が社会を動かし、残りの者はそれにしがみついて食っているという構図ではないだろうか。それが皆平等に一票か。生活保護を受けていても、路上生活をしていても一票か、という疑問がわく。高額納税者は納税額に応じて投票権利があってもいいのではないか。民主主義は皆平等というがそれを支えている者とそれに巣食っている者はかえてもいい?
合わせて思うのが、人間の権利と義務は裏腹である。少年法に守られながら、一丁前のことを言わせるべきではないと感じる。それ故これに伴って少年法も18歳に引き下げることは当然と思う。
もっともこんなことを言うと「ぼけ老人、徘徊老人などの選挙権は取り上げてしまえ。それにあなたのような日和見主義者も・・・・」と言う者も出てくるかもしれぬ。くわばら、くわばら。
註 ご意見をお待ちしています。
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