1345「湯河原・真鶴散歩」(325()晴れ、26()晴れ)

 

高校同期のa君はオリエントの研究に没頭し、最近日本学士院賞を受賞した。会社の同期のb君は、社長になり、それも引退し今では2020年の東京パラリンピックの代表をしている。すべての会場を満員にするんだ、其のために準備も宣伝も大変と頑張っているとか。「立派なことを言っているわよ。」とガールフレンドのAさんが新聞記事を見せてくれた。同じ同期のcくんは地図情報システム等の権威、定年間際に退職、某女子大の教授に転身、しばらく頑張っていたが最近リタイア、最終講義が素晴らしかった。古文書研究会のd君は合唱団に入り、区の交流とかでウイーンにまで行って歌ってきたとか。

みんな立派、しかし能力もがんばりもない私は「あとせいぜい20年かそこらの命。おいしい物を食べ、やりたいことをやるんだ。」ととんでもない根性。今更、変え様はないさ、どうせ人生は「盥からたらいへちゃっぷん!」

Aさんと湯河原温泉に一泊で出かけ、翌日真鶴半島をめぐってきた。

「万葉荘」を選んだのは海辺に近かったから。この前詩吟の会で来たことがある。

そこから万葉公園まで千歳川ぞいに歩いた。千歳川沿いの桜は開花直前、あと一週間もすれば絶好のお花見コース。ただしこれはかなり歩きでがあった。帰りにコーヒーがほしいと探したところなかなか見つからぬ。温泉街では集客力が無いのか、マックも、ドトールも全然ない。仕方なく路傍のスナックによったが、おばあさんが一人で切り盛りし、地元のおばさん連中が数人たむろしていた。壁に鶴田浩二の短冊。「店に来たことがあるのか。」「駅前で18年営業していた。こちらに来て15年。駅前店開店の時に来た。」という事であった。そのころはこのおばあさんも美人だったのだろうか。

万葉荘は4000円もするイセエビ鬼がら焼きを予約したせいか、特別立派な部屋を用意してくれた。ベッドが三つに畳敷きの部屋まである。窓からは庭園と千歳川が見える。

翌朝はその川沿いに海岸まで歩いた。昨日のコースも今日のコースもほぼこの前の詩吟で歩いたコースだからわかっている。ラジオ体操はそばの小学校校庭でやっていた。

真鶴に行くには海岸沿いの国道135号沿いに歩けばよいようだ。ホテルに話では30分くらいという事であったが、長そうで、途中からバスに乗った。駅前からタクシーに乗り岬突端。三ツ石が有名な光景。今は季節外れとあってか人影は少ない。

真鶴半島は、昔、中学生の頃であったか、やってきて元気よく下の岩場に降り、一日海岸の小生物など追ってすごし、帰りは背後の原生林を歩いて帰ったのを覚えている。成人してからも来たことがあり、その時は中川一政美術館を訪れた記憶がある。そんなだから訳はないはずなのだが、年を取ったせいか坂を下りるのがけっこうきつい。

中腹の喫茶店で休む。帰りに店のおばさんが追いかけてきて「階段を少し登ったところで左に折れて行くといいですよ。自然にバス停に出ます。階段はそこまでで18段、上まで行くと72段・・・・。」よほど年寄りじみて見えたのかもしれぬ。

上に行くとバスが到着した。中から色の黒い男たちが出てきた。JICAが日本に呼んだ外国人を連れてきた様だ。「あの黒さは中南米じゃない、きっとアフリカよ。」とAさん。

来るときのタクシーの運転手に、うまい昼飯を食えるところを聞いたところ、里地というところに3件ならんでいると聞いた。里地でおり真向いの「うに清」二階に通される。畳敷。おじさん、おばさんで広い広間は一杯。「ここは食べログにも出てたわよ。」とささやき声。アワビの刺身、かんぱちのおつくり、生うに、こぶりのサザエのつぼ焼き2個、烏賊さしみ、焼き魚等々どれもうまい。隣の若いカップルはもっと豪華でイセエビの乗っかった船盛りを注文していたが、こちらは懐事情を考えて、この辺で我慢。ちょっと悔しい。しかしどの料理も下手な細工はなく、とれたて新鮮、非常においしく感じる。Aさん、何度も「こういうのが食べたかった。」と大満足の様子。

生ビールを飲みながら至福の一時、最後の味噌汁もうまく大変結構。外の出ると不思議に「うに清」だけが次々観光バスが押しかけるなどしてはやり、ほかの二件は閑古鳥。商売の仕方のちょっとした違いか?

なんとなく湯河原と真鶴が好きになってきた。また来てもいいかな、少し長く滞在してもいいかな、と思いながら帰宅。

注記 http://www.geocities.jp/kk810558/raund34.htmには湯河原から真鶴半島を周るには実際に歩いた」記録が掲載されている。

 

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