「鬼の仮面をつけたお父さんが出てくると、電気を消すんです。お父さんが投げるものを我先にみんなで集めるんです。豆や飴や餅やおひねりなんです。これが恒例の我が家の節分行事です。」とテレビで紹介があった。
家族もみんないなくなった私はその気分にならぬが、さりとて何も祝わぬのも、物足りぬ。
3時頃、そういえば妙正寺公園裏の中瀬天祖神社で1時から豆まきをやる、と広告していたことを思い出しぶらぶら出かける。
むこうが透けて見えるほどの小さな林に囲まれた小さな神社である。男たちが神殿にテーブルをだし、酒を酌み交わしていた。
「やあ、いらっしゃい、そこの豆を大きな声でまいてください。」というから、枡の中の豆をつかんで通ってきた鳥居に向かい「鬼は外、福はうち」と投げる。「子供の頃、M小学校に行ってましてね。帰り道によくこの神社を通ったものです。あの頃は回りは田んぼばかりでした」というといろいろ話が広がった。おじさんが紙コップにいれた甘酒を運んで来てくれた。寒いだけに実にうまく感じる。
ふと見ると神殿前の大きな木に注連縄が結び付けてある。説明書きをみると「ここの御神木はかっては樅と杉だったが、軍によって戦争中に伐採されてしまった。そこで榧の木を御神木にした」というようなことが書かれている。榧の字が読めなくておじさんに確認した。おじさんによるとこの木は、榧としては東京都でも三本の指に入るほど大きいものだそうだ。そういえば一昨年の秋、体操の帰りにこの榧の実を拾った。
甘酒のお代わりも頂き、お賽銭をいれ、帰ろうとすると、豆の入った袋と一緒にこれを持っていきなさいと黄色い小さなパンフレットを渡された。参拝のしおり「奇妙な石の御神体」と書かれている。
以下にパンフレットと寺前の看板などからまとめたもの。
天祖神社は、かって妙正寺の一部で子宝に恵まれる十羅刹様だった。羅刹というのは人を食う悪鬼であったが、後に法華経の守護神となった神様である。
明治になって、神仏分離政策により独立した。
天祖神社の御神体は、奇妙な男根状の自然石が祭ってある。あるとき、青梅から江戸へ炭を運んでいた馬方が、神戸坂に差し掛かったとき、道端で男根状の石を見つけた。持ち帰ろうと馬の鞍に結びつけたが、半丁(約50メートル)も行かぬうちに馬が動かなくなった。馬はびっしょり汗をかき、苦しそうに息を弾ませている。馬方は「これはただの石ではない、さわらぬ神にたたりなしだ」と石を元に戻した。すると馬はたちまち元気になり歩き出したという。
この話が伝わり、村人がその石をみると「十羅刹堂」の小祠に安置してあった石だった。村の一番の物知りがこの石を元通り祠に収め「わしが若い頃に拝んだ時より、生気が満ち満ちていて大分大きくなったようだ。この石と十羅刹様を拝めば陰陽かね備わって子宝が授かる。」と話したという。その後、世継ぎの神様として霊験あらたかと評判になり現在に続いている。
少し歩いてから、私は、また神社に引き返した。「あの、御神体はいま拝めるんですか。」すると「あれは10月15日に御開帳のとき見られます。ここにおいとくと盗難にあう恐れがあるので都内某所にしまってあります。」とのことだった。
そういえばパンフレットの表紙には祭礼 10月15日、祭神 天照大神、御利益 良縁、子宝、子孫繁栄とあった。
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