1352「応用化学系卒業50周年同期会」(4月18日(木)晴れ)
私の経歴・・・・高校を卒業して、しっかり1年備校に通う浪人生活、やっと昭和36年にT大工学部に合格した。駒場キャンパスでの2年を終え、38年に工業化学、本郷キャンパスに通うようになった。40年に大学院応用化学進学。Y研究室。有機化学全盛の時代であったが、ここはアルミナ、セメントなどが専門の無機化学。42年に卒業、就職。
学士会館でその同期会。正面で集金していたから、金を払い名札を付けて流れに沿って会場。すると女性たちがいて随分違う雰囲気。間違えて反対側の関係ない結婚式の披露宴会場に踏み込んでしまったのだった。ボケ、極まれり!!あわてて反対の会場に行くとずらりと老人クラブ。昔の秀才たちも結局は普通のおじさんに戻ったという事か
大抵は70歳代前半。全部で135人、そのうち63人が出席。すでに11人が逝去、2人が不明。S電工に行ったa氏や研修旅行でお父さんの工場に連れて行ったもらったb氏など覚えているが他界したとか。主催者のc君の音頭で黙祷。
同じ専攻で前副学長d氏が最近の応用化学の話をしてくれた。彼は私たちよりだいぶ後、時代の差を感じる。
「生徒が約150人、先生が50人足らずは変わらない。昔は工業化学科、合成化学科、化学工学科、燃料工学科があったが組織替えを行った。現在は応用化学科・化学システム工学科・化学生命工学科の三つの科に分かれている。我々が学んだ旧館から新三号館に移動している。こちらは2013年に完成した地下1階、地上9階で床面積24000平方メートル余りの建物で、時計台の北東に或る。国立大学も独立採算制になり、其のために何十億の費用が必要。12000平方メートルある旧館を民間に貸せば、20年もたたずに返せるだろうと踏んだが、建物の老朽化した他の学部の生徒が入りたいようで、そちらからは金をとるわけにゆかず苦労している。外国から著名な教授を招きたいが、T大教授の給料は半分くらいの為、苦慮している。国際化は使命で、2020年には大学院の授業の7割、学部の授業の5割を英語でやるようにするよう目標を立てている。」
さて歓談。e君は「サハリン天然ガスをパイプラインで北海道に導入し、苫東でLNG化する」構想の事業化に取り組んでいるとか。ここ数年来アメリカでシェールガスがブームになり、見向き去れなくなったが、最近石油価格が下がり、再び脚光を浴びるようになったとか。国家間の問題はともかく、サハリンでは日本の使用量の10%近くの天然ガスを貰い手が無く捨てているとか。
f君も元気いっぱいだった。彼とのみ名詞を交換したが、随分飾った名詞だ。
工学博士、高分子学会フェローなどという肩書は分かるが、学士会会員、親和会会員、日本蝶類学会会員、日本チョウ類保全協会会員
蝶が趣味なのだそうだ。各学科で一人が挨拶したが彼は合成化学科代表。アサギマダラなどいろいろ蝶の名前をあげて皆を煙に巻いていた。又彼は最近「脳の活性化のために」、友人に誘われて碁を本気で始めたが「コテンパンにやられています。」とか。しかし若々しく羨ましかった。ただし「お子さんをもう一人かね。」とからかうと「我我はサルトル、ボーヴォワールの関係であるとか・・・・。
私と同じY研究室からはg君とh君。h君は皆に会うために愛媛から駆けつけて来たとか。
近況集には「・・・・心臓手術から復帰して、月1,2回のゴルフのほかは、100種200本ほどのバラの世話と一万歩ほどの散歩が日課。」とあった。
他にもバイオベンチャー企業に戻った者や、為替のデイトレードに夢中のものなど多士済々。
然し、一方で「家家都有一本難念的経」。中国語の教科書に或る言葉。どの家にも難しいお経というものがある・・・どの家にもそれなりの事情があるものだ。
久しぶりにあう友たち。深い話をするわけでもないがたとえばi君は
「母の介護の毎日です。」
寝たきりのお母さんの介護、コンビニで買って来たものを食べさせてあげるのだそうだ。
他にも病気の話、結婚せぬ子達の話、ぼやき節も多かったが省略。
人生七十以前は元気でこれからを考えるが、越えるとだんだんあと何年と考えるようになる・・・・これは最近の私の考え。
近況集からもう一つ存じ上げていないがjという人の書いた頼り。
「・・・・「晴耕雨読」ならぬ「晴歩雨綴夜歓」。「とぼとぼと辿る彼方に冥土かな」」
註 ご意見をお待ちしています。
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