1361「「戦後リベラルの終焉」を読む」(5月17日(日)晴れ)
著者池田信夫は「資本主義の正体」の著者。
東大紛争の頃、著者は社会科学研究会いわゆる社研の部長であったという。六十年代の安保闘争のころ国家権力に向っていた極左運動は、党派同士の「内ゲバ」が増え、彼の仲間も多くが殺された。そのころの全共闘運動が何をめざしていたのか、ほとんどの人は答えられない。しかしそういう経験があるからこそ、この著者の現在の状況に対する見方は適格であるように思う。現代の問題をその本質は何か、どうあるべきかを初心に帰って考えさせる絶好の書と思った。テーマを揚げながら表題の真実を探る書き方で章を追いながら紹介する。
「朝日新聞の挫折」:なぜ今、慰安婦問題で誤っていたのかを認めたのか。安倍内閣になって河野談話の見直しや朝日新聞幹部の証人喚問がありうるとの認識に立ち、誤報を認める一方で謝罪しないことで方向転換を図ろうとした。しかし予想外の大反発を招いてしまった。大誤報の主役は植村記者ではない。同社内における左翼的出世主義、「角度をつける」報道、硬直化した人事システムなどがあげられる。
「平和主義のユートピア」:「イスラム国」が日本人を殺害した事件について、日本政府を批判する人がメデイアにでたのには驚いた。平和主義は褒め言葉ではない。実際に武力抗争が各地で起こっている今、無抵抗主義は何の意味もない。集団的自衛権を巡る過剰な報道にあきれる。朝日新聞は「平和を覆す解釈改憲」と大特集を組み、当初は「内閣法制局の見解を首相が替えるのは立憲主義に反する。」とさえした。集団的自衛権が行き詰まる原因は憲法ではなく、国民に迎合しようとする政治家と実際に行う官僚との考え方の差が大きい。和だけでは国家は立ち行かない。
「メデイアが日本を戦争に巻き込んだ」:テロリストに話せばわかる的報道が目立ったのは、テレビ朝日だが、彼等が和解する可能性はない。メデイアは国民の考え方を左右する「空気」を醸成する。一方で戦争は、新聞の「キラーコンテンツ」、「戦争を煽れば煽るほど売れる」のである。戦前これを利用したのはほかならぬ「リベラル」な革新派だ。だから平時になって反軍的なのは普通。反政府的な論調の方が、人気があるからだ。そして戦争が始まるとふたたびナショナリズム一色になる。ニューヨークタイムスの「イラクは大量破壊兵器を持っている」との大誤報を思い出せ!
「メデイアが作った原発の恐怖」:困るのは印象操作である。「プロメテウスの罠」という朝日の報道。福島から遠く離れた町田市の子供が鼻血を出したことを取り上げ、原発事故とさも関係があるかのように報道する。汚染福島の近海の汚染水の問題もそうだ。魚介類の人体に及ぼす影響について「十万年後の安全に保証が持てない。」などの報道は錯覚だ。原発事故の被害の原因は放射能ではなく、ICRPなどによる不適切な基準による過剰避難の為ではないのか。原子力を危険視するが、一方で石炭火力は地球温暖化による気候変動というもっと大きなリスクをもたらす。
「労働者の地獄への道は善意で舗装されている」:ピケテイは階級格差の是正を要求しているが、日本の問題はそれではない。厚生省の労働政策審議会は、労働時間ではなく成果に応じた賃金制度を提案するが正しい。それより正社員の既得権益化の方が問題だ。派遣を規制しても正規社員は増えず、パート・アルバイトが増えるだけだ。企業がそのような行動をとるのは「解雇」を実質的に禁止したり、会社が社員を一生面倒見なければいけないという温情的考え方だ。厚生労働省がいつまでも正社員の既得権益保護に執着するのは、戦前からの国家社会主義が抜けていないからだ。
「「オール野党」になった政治」:メデイアと政治が顧客志向に正直になり、合理性をうしなった議論が蔓延している。どの党も投票者の多い60歳以上にターゲットを絞り、老人独裁が起こっている。またテレビは60歳代主婦を対象に作るから大いに劣化している。他人攻撃ばかりに終始する「拒否権型社会」は何も生まない。問題は政権交代ではない。問題点を先送りし、現在を重視する「過剰な民主政治」が日本をおかしくする。
「左翼はなぜ敗北したのか」:日本の知識人は左翼とほとんど同義であるが、既得権の擁護と対米追従以外ない自民党の政治を変えることができなかった。経済産業省の進める国家社会主義は失敗が多い。然し温情主義を主張した左翼は、論理的にこれを補完していたのである。所得再分配を先食いして、負担を先送りしているのだ。
最後に著者は、日本は普通の成熟した国になったのであり、労働人口も資本も定常状態に近づき、今後は生産性上昇分だけ成長するだろうとする。結果、成長戦略は期待できない。安全保障政策も焦点ではない。絶対平和主義的選択もないし、「戦争に巻き込まれる」という主張もレアリテイを持たない。政治的な焦点は、今や老人と若者、都市と地方と言った負担の分配であるとしている。
しかしここだけは、著者が安易に落としどころを作っているに過ぎない、とも感じた。定常状態は成長や平和への血のにじむ積極的努力を通じてやっと得られるものだ、と考えるからである
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