1386「孫のりゅう君と」(8月28日(金)―30日(日))
宝塚に住む次女宅に行った。ついでにと長女の婿の両親宅により、さらにこういう機会にと高校時代の友人と会食までして、金曜日の夜、宝塚ワシントンホテルに到着した。
翌日、10時、ロビーで待っていると婿殿とりゅう君(仮名)がやってきた。りゅう君は今年小学校1年になる。一人っ子。幸いというか妙に私は彼に好かれている様子。
駐車場でりゅう君と同じくらいの女の子を連れたお父さんに会った。「あ、**ちゃんだ。」とりゅう君は嬉しそう。そのお父さんが婿殿に声をかけ二言三言会話。後で聞いたところ、子達は幼稚園の頃から知り合っている様子で、女の子はなんと「私、将来りゅう君のお嫁さんになるんだ。」と言っているそうだ。その後が振るっていて、私の次女に「りゅう君のところ、お金、一杯ある?」と聞いたとか。
半年ぶり位であろうか。りゅう君はすっかり日焼けし、骨格がたくましくなったと感じた。宝塚スイミングスクールのテスト。婿殿と二人でガラス越しに眺める。背泳ぎのテストであったが、まだ体がよれてコースロープに接触するという事で、合格点はもらえなかったようだ。結構負けん気だけは強いようで少し機嫌が悪かった。
私が小学校に入ったのは昭和23年。戦後すぐであったから教科書までくじ引きであった。はずれたため、父が先生から教科書を借り、一晩で模写してくれた。もちろんプールなんかなかった。プールに初めて入ったのは、小学校6年の夏、後に進んだ中学校にできたものに入った。卒業することやっと「のし」ができるようになった。
昼食をとったと午后はテニススクール。「ボールをぶつける子がいる。」とブツブツ言っていたが、インドアのテニスコートに、自分の身長の半分くらいありそうな大きなラケットをもって立つ。まだ初めて2か月という事で、ラケットにボールが当たらぬこともあるが元気いっぱいがんばっていた。
りゅう君はほかにそろばんを習っている。家にはいくつも虫かごが置かれ、クワガタムシを飼っている。インコも彼の友達だが、インコの方は彼を苦手としている様子であった。
夕食。私は次女の作った春巻きが大好き。あの春雨とひき肉がいっぱい詰まった味が忘れられぬ。次女もそれを知ってかどっさり作ってくれた。大満足。食後りゅう君の相手でオセロに将棋。また彼は負けず嫌いぶりを発揮。オセロで4隅を取られて劣勢になったりゅう君、脇を向いた瞬間に隅の駒をそっとひっくりかえす。「ずるはだめ。」と言うと舌をペロリ!私も同じであった。おばのアパートでトランプをやったとき、インチキをしたことを思い出す。もののない時代であったが、りゅう君同様両親に大事にされた。
ときどき「僕らも戦争を経験した。」などいう同僚がいるが、私は嘘だと知っている。苦労したのは、我我の両親である。我々はその庇護のもとにぬくぬくと育った。生活が苦しいという事も分からなかった。それがこの世に生れ出て初めて経験する世の中というものだから・・・・・。
夜、りゅう君は、私と一緒に寝たがった。しかし暑い夜、彼は私の体にじゃれてくるのだが、私は「一人でおネンネ、あちらに行きなさい。」と少少冷たくした。少し残念そうな様子であった。私は、結構独立心みたいなものだけは強かったから、両親に抱かれて寝た記憶はあまりない。かわりにこのくらいになるまで「おねしょ」をして尻を叩かれたことを覚えている。サンタクロースも5年生くらいまで信じていた。
30日。朝、宝塚の駅まで散歩。往復で4キロ足らずか。結構な運動量であった。りゅう君も元気についてきたが、途中少し音を上げ気味であった。今日は姫路城に行くことも考えたが、雨模様。結局西宮北のショッピングセンターに、りゅう君希望の顕微鏡を買いに行く。車に乗る。りゅう君はなかなかシートベルトをなかなかつけ無い。強く言うとやっと言うことを聞くようになった。「男の子は疲れる。寿命が縮まる。」との次女の発言が分かる。顕微鏡はどうしても見つからず、結局安物の自動車のおもちゃを買った。もっとも値段に関係なく、りゅう君はひどくうれしそうであった。
昼食は、次女の希望で鰻を食いにゆこうという事になった。携帯のおかげでずいぶん便利な世の中になった。芦屋に或る鰻屋はすぐに見つかった。次女は実は昔から食べ物に目が無い。むかしイギリスの片田舎で食べたスパゲッテイのことまで覚えているらしい。鰻重を本当にうまそうに食う。「土用の丑の日に高くて買えなかった。何年ぶり!」。りゅう君が食べられるか、と心配したが、一口食べると「おいしい」と叫んだ。鰻だけ食べて次女に「残りも食べなければだめ。」と叱られていた。一度自宅の戻り、夏休みの宿題の手伝いなどをした。まだまだ勉強は苦手のようであった。私も勉強は苦手であったが、小学校三年のころから算数が好きになった。母親がきれいなノート、父親が「百万人の算数」という本を買ってくれたことが発端となった。学校で植木算が自分だけ出来て、先生に褒められたことを覚えている。きっかけが欲しい。
宝塚の駅。「また来てね。絶対だよ。」とりゅう君は車から手を振っていた。「来るとも、来るとも、おじいちゃんもがんばるから君もがんばれよ。」と返す。
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