1394「幾山河」(10月5日(月)晴れ)
幾山河 こえさりゆかば さびしさの はてなん国ぞ きょうも旅ゆく
白鳥は かなしからずや 空の青 海のあおにも 染まずただよう
白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり
若山牧水はウエブサイトによれば「1885年から1928年、戦前の日本の歌人。宮崎県出身。早稲田大学文学科卒。北原白秋や石川啄木と深い親交があったらしい。旅を愛し、旅にあって各所で歌を詠み、日本各地に歌碑がある。大の酒好きで、一日一升程度の酒を呑んでいたといい、死の大きな要因となったのは肝硬変である。自然を愛し、特に終焉の地となった沼津では千本松原や富士山を愛し、千本松原保存運動を起こした。」
新宿区の12月の大会で「幾山河」を吟ずることになった。最初はなんとなく選んだ歌であったが吟じているうちに好きになった。この歌の魅力はどういうところにあるのか。
小学校の同級生であった女性友達の一人が若山牧水の歌に凝っているという。どういう風にこっているのかは知らぬ。彼女について私が知っていることと言えば、寺の娘、色白の美人、優秀であったが、なかでも子供のころから書に優れていた。外国で生活したこともあるらしい。実家の反対を押し切って中国系の外人と結婚、会社をおこした。しかし夫君が死去、会社は人に譲り、今はひっそり暮らしている。その程度であるが、波乱に満ちた人生を送ってきたように見える。その彼女が行き着いた趣味が牧水なのか、等考えたりする。
「寂しさの果てなん国」・・・・生まれるのも一人、死ぬのも一人、この言葉に言われるように人間はいつまでたっても孤独という寂しさから逃れられないのかもしれない。そこをしっかり言い表しているところにこの歌の魅力があるのかもしれぬ。
YAHOOの質問サイトの答に、「『行く』という詞の『反復
』:最初の『行かば』が「仮定」(心の中)であるのに対し,『今日も旅行く』の『行く』には「決意」が表現されています。四句切れ.但し,この短歌は,若山牧水の最初の歌集『海の声』(1908)に収められたもので,カール・ブッセ作,上田敏訳,詩集『海潮音』に収められた詩の一節「山のあなたの空遠く,幸すむと人のいふ」の影響を受けているのではないか,とも言われています。」とあった。
1908年と言えば、牧水は23歳、まだまだ若い。回答者は更に「寂しさの無い国など無くても良い,というくらいの誇らしい若さと瑞々しい感性を以て,「寂しさを深める為の積極的な行為」として「旅」を捉えているところに,斬新さが有ると言っても良いでしょう。」と解説している。
実態はそうなのかもしれぬ。しかしこの詩を読んだ者は素直に人の孤独さとそれぞれの人生に思いをはせ、心を動かされるのではないか。
岡山県新見市哲西町と広島県庄原市東城町の境に位置している二本松峠。
備中と備後の国境で江戸時代にはそれぞれの役人が国境警備にあたっていたとか。今は中国山塊を背景にのどかな田園風景のひろがる田舎町。別のサイトによればこの歌は峠に或る「熊谷屋(くまたにや)」という旅館で読まれたというのが定説とか。
そして看板には「明治40年7月、早稲田大学の学生であった牧水は、夏休みに郷里日向(宮崎県)への帰途同学の学友であり、同じ尾上紫舟の門下で、特に親しかった有本芳水にすすめられ、岡山、高梁、新見、宮島、山口と中国を旅した。その時備中から備後へ越えようとして、峠にゆき暮れ、茶店に泊り、「けふもまたこころの鉦をうち鳴らし うち鳴らしつつあくがれて行く」の歌と「幾山河・・・・」の歌二首をしたためて芳水に送ったという」
この詩を半紙に書いてみた。いろいろな書き方があることに気が付いた。
二本松峠の碑には
幾山河 こえさりゆかば さびしさの はてなん国ぞ けふも旅ゆく
とあるが「こえさり」を、「超えさり」あるいは「越えさり」、「はてなん」を「果てなん」あるいは「終てなん」と記しているサイトもあった。
それぞれの書き方を採用したサイトにはそれぞれ思いがあってしたことと思うが興味深かった。
詩吟教室で私がこの歌を吟じたいと言うと、「吟じていて気分の良くなる歌だ。俺も吟じたい。」という者が二人も出てきた。彼等がどういう気分で吟じたくなったかよく分からぬ。しかし歌は時には作者の意図とは関係なく、いろいろな人の色々な解釈が積み重なって人口に膾炙するようになるのだと思う。又そういう要素が無ければ人気が出ないのではとも思う。
文字さえいろいろな書き方の許される世界、まして詩吟などに縁のない牧水であるから、どう唄おうと勝手なのであるが、それなりのやり方が必要なようで目下私は苦戦中・・・・。
註 ご意見をお待ちしています。
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