1412「「人生はむなしい?会」に出席」(12月2日(水)雨時々曇り)
「会は5時からだが時間に余裕があるから先に行って喫茶店でお茶でも飲んで過ごそう。」と青山の骨董通りを下ってゆくと声をかけられた。a夫妻であった。
お二人はアルゼンチンタンゴの練習をしてきたばかりとか。「彼女は買い物をして帰るのだが、僕は5時までどうやって時間をつぶそうかと困っていたところだ。」という事で、a君と近くの喫茶店。
しかし70にもなって二人でアルゼンチンタンゴに汗を流せるなど羨ましい限りだ。彼はまた南米スペイン語を勉強しており「動詞の変化が小難しい。」とぼやいている。いつかアルゼンチンに行きタンゴをしながら会話を楽しみたいとか。そのほかに俳画だの、オペラだのやっており「暇がない。」・・・・結構なご身分!
私たち同期は41人いた。1967年に入社したから、同期の会を67と41を取って「むなしい会」となずけた。まだ30何人残っている。それだけ良い会社に入り、幸せなサラリーマン生活を送れたという事か。今日はそのうち11人が出席。この2月にb君が亡くなった。鬼籍に入った者はこれで3人目、まずは献杯。
一番元気なのはc君のように思う。ある時植木に目覚め、今では毎日植木職人。世田谷区のシルバー人材センター?に属し、毎日汗を流している。今日も二人を連れてどこかの庭の木を切ってきたのだと目を輝かせる。もうすぐ親方になれるらしい。もっとも親方になっても、8時から4時まで休みなく働き、日当は12000円余り、初心などであれば8000円余りというからよい商売とは言えぬ。世の為、人の為、自分の為と割り切っているようだ。
「おじいさんやおばあさんの話を聞くのが面白くて仕方がない。時には風呂に入ってゆけだの、飯を食っていけだの言われる。」とか。ごついが随分きれいな手をしている。「泥だらけになるが気になって最近はたわしでごしごし洗っている。」向かいのd君は「僕も時々低いところの木を切る。」というと「やめとけ、低いところの木の方が危険なのだ。降りる時にひっくり返り頭を打っておかしくなったものもいる。」など言う。「私は杉並区だが来てもらえるのか。」と聞くと「区単位になっているからダメだ。世田谷区の場合植木屋の成り手が多いから希望すれば派遣されるが、杉並区は少ないから抽選らしい。」
「雨晴れ雲晴れて気もまた晴る、心清ければ遍界ものみな清し、身を捐て世を棄て閑人となり、初めて月と花とに余生を送る。」「余生」という良寛の作で、詩吟で良く唄われるが、現代人は中々こうはゆかぬ。こんなことをしていたら呆けてしまいそうだ。ある程度財産もでき、健康にも恵まれて我我は、余生をそれぞれなりに探している。
社長をやったd君の話はどこかで書いたかもしれぬ。2020年の五輪閉幕後に開かれる東京パラリンピックまであと1800日余り。d君は日本パラリンピック委員会会長である。会場の満杯を第一目標に掲げている。ロンドンオリンピックの時には約280万枚のチケットを完売した。ボランテイアはもとよりおおくの市民に参加させ当事者意識を持たせたことが成功につながった。東京でも参加意識の向上のため若い世代の啓発活動などに力を注いでいる。企業による支援も大切ですでに多くの協力を得ることに成功したとのことだ。日本選手の活躍も重要なポイントで実は東京ガスにも参加する選手がおり、その援助にも力を注いでいるとか。
同期と言っても、私は大学院を出てから入社したから、彼等より2-3歳歳を食っている。そのせいかもしれぬがこう立派な余生を聞かされると気おくれがしてしまう。
ほかにe君は吹き矢と落語の研究、吹き矢は腹筋を鍛えるのに役に立つとか。f君は調停委員をやっていたとかで家族問題に詳しい。彼はまた私と同じように中国語は趣味で日常会話は不自由ない、としていた。g君はどこやらのゴルフ場の常任理事をやる一方、地域の自治会の活動で忙しい毎日を送っている。それぞれ老後の仕事?を見つけている。
少少食事の出るのが遅れたために、8時半過ぎまでかかったが解散。私はa君と帰った。
会社のOB会に最近これに入らない人が増えているのだそうだ。定年になっても嘱託などの形で仕事を続けたり、このような会に入ると役員を押し付けられることがあり、それが嫌だと感じたり、あるいは今後一切会社とは関係を持ちたくない、と考える人のだという。しかしa君は言う。「こういう施設を利用してみんなとおしゃべりできるだけでも価値はあるじゃないか。」彼とはいつもは年末に弟をいれて3人で飲む会をやっている。「今年はできなかったが来年の初めにやろう。」とも言っていた。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail address agatha@ivory.plala.or.jp
ホームページ http://www4.plala.or.jp/agatha/