桃の節句である。
旧暦3月3日は新暦で4月3日くらい、桃は、今は咲いていないけれど、4月になればきっと満開になるに違いない。
3月3日の節句は3月の最初の巳の日に行われたので上巳と書き、室町時代にはじょうし、江戸時代からはじょうみと呼んだ。
平安時代、この節句に宮中で節宴を挙げ、供物をし、闘鶏、曲水の宴などが催された。供物には桃花餅・草餅、のちに桃花酒や白酒が用いられた。
一方普段遊ぶ人形をひいなと呼び、ひいな遊びと称して少年少女を模した人形にその館や乗り物・食器なども用意し、今日のままごと遊びのようなものが行われている。源氏物語にはそれをのぞく光源氏の話があり、枕草子第27段には「過ぎにし方恋しきもの 枯れたる葵。雛遊びの調度。云々」などとある。
そういったものが結びつき江戸初期に現在の雛祭りすなわち節供となったのであろう。
江戸中期から飾る人形の種類も増え、幾段もの雛壇が設えられるようになり、三人官女、随身、衛士が加わり、後には江戸で五人囃子の人形が作り始められ、さらに能や歌舞伎に取材した浮世人形が飾り付けられ、雪洞、金屏風、桜、橘、調度として箪笥、長持ち、鏡台などが加わった。
節供を前に雛市が開かれ、雛およびその調度ならびに諸人形が売られた。江戸の中橋、十軒店、人形町あたりは有名で「十軒が 十軒ながら 公家の宿」なる川柳が作られた。
お雛様の役割だが、あれは女の子の厄除けと健康祈願の意味がある。
「お七夜やお宮参りと同じく赤ちゃんの健やかな成長を願う行事、いうなればお雛様は赤ちゃんに降りかかろうとする災厄を、代わりに引き受けてくれる災厄よけの守り神のようなもの。」とあるサイトでは説明している。
しかも同じサイトに質問コーナーが設けてあり、それに
「長女のお雛様がすでにありますが、次女にはどうしたらいい?」
答えが少々長いが、要は「お雛様は。女の子一人一人を守るもの、二人目の女の子にもちゃんと用意してあげなければ可愛そう。」と言うこと。まさに雛人形製造メーカーが随喜の涙を流しそうな解説である。
ところで我が家で頭を抱えているのはそんなことではない。長女が出産したときに、里は7段か8段の豪華雛人形を買ってくれた。女の子が小さかったときには結構飾ったが、そのうちに飾らなくなった。
長女に孫が生まれたとき「持っていったら。」と薦めたが、「私の小さなマンションには飾るところがない。」と木彫りのお雛様セットにしてしまった。次女はまだ孫ができない。長男のところは嫁が里から持ってきてしまった。
結果として、現在男一人の家の天袋の中を全部占領している。
考えてみると我が家は比較的広いが、それをよいことに娘や息子はいろいろなものを残している。まずピアノ・・・・誰も弾かず調律代だけ1年に1度取られる。女の子二人の和服、あれもマンションには入らぬというのだ。それに亡くなった亡くなった妻のお茶道具、なにしろ師匠だったから半端じゃない。そこに父親がなくなって父親の書籍、しかも彼は絵画が趣味だったから捨てるわけにも行かず、それが、どどっと我が家へ・・・。
お雛様はもうすててしまおうか、とガールフレンドのAさんに聞いてみたところ「あら、あれは女の子を守るものだから、里で大事に保管しておかなければいけないのよ。」
我が家は倉庫じゃないんだぞ!
独り言・・・・逼迫した住宅事情にあわせて、CDかDVDに入れてパソコンの画面で見られるお雛さま、というアイデアはどうだろう。BGMにあわせて、人形に歌ったり、踊ったりさせる、ついでに三人官女なんかどこかクリックすれば1枚1枚脱いで行くようにすればオジンも楽しめる、と思うのだが・・・誰かこのアイデア、採用しない?
註 ご意見をお待ちしてます。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha
旅行のためAGATHA通信は2週間くらいお休みします。