とうとうアメリカがイラクに攻撃を開始した。ミサイル攻撃に加え、クウエートからの地上軍の侵攻もはじまったらしい。
大事件だが、こういうことをエッセイで書くというのは実に難しい。
アメリカに対する激しい怒りは感じる。ブッシュはけしからんとも感じる。国際連合の合意を得ずして戦争を開始し「国連が自分の責務を果たさなかった。一部の国(フランス、ロシアをさすらしい)が協力しなかった。」などと言うのを聞くと、国際ルールも何もあったものではないと感じる。
国連決議に違反したというなら、かってイスラエルが違反したときに戦争を仕掛けたか、大量破壊兵器を持っているというなら、アメリカ自身がそうではないか、独裁政権だからいけないというなら、サウジアラビアなど同盟国はどうだ、湾岸戦争や1年前のアフガニスタン戦争に比べたって正当な理由がない、など疑問が多い。
そしてこの戦争の結果により、アメリカによる世界の一国支配がますます強化される、アメリカは異なった価値観を退け、アメリカ流の民主主義を世界のすみずみまで押しつけようとする、ついでに中東の権益はアメリカが一手に握るようになる、などと考えるとやりきれない。だからこそ、こういうやりかたにフランスやドイツあるいは中国が反対しているわけで拍手を送りたくなる。
しかし、それではイラクが国連決議に違反し、大量破壊兵器を隠しているかもしれない状況を放置していいのか、査察はどこまで続けるべきだったのか、アメリカは間違ったことをしているか、などと開き直られると、どれにも明快な答えなど与えられない。しかも現在の状況でアメリカ抜きの国際連合など考えようもない。
状況に対する日本の対応に限っても、小泉政権のやりかたにけちを今ひとつつけられない。日本は米国の言いなりではないか、と開き直ったところで、日米安保同盟がある、北朝鮮問題が存在する中で日本を守るにはどうしたらいい、日本は平和憲法の下に自身の自衛のための軍を持つことすら禁じているではないか、などと言われると、返す言葉がない。
仕方なく、それでは果たして個人としてはこの戦争に反対か。
個人の与えられる情報は新聞、テレビなどの限られた情報にすぎないが、それでも個人は自分の意見を構築しようとする。しかし今回ばかりはその限られた情報で考えるにしても、上述の状況を勘案すると、自身の中での論理の矛盾に突き当たるばかりである。その上賛成したって反対したって、世界中の意見が無視される状況では、何の影響もないと分かっている。その結果、感じるのは無力感のみだ。
海の向こうの個人はこの戦争をどう捕らえるだろうか。
戦争が不可避となるにつれ、アメリカでもイギリスで戦争支持の意見が急増しているという。戦争はいけないと感じながら、遠く離れてわが身におおきな影響はなし、となればここは止むを得ない、と考えるのかもしれない。何か日米開戦のころ、日本の意見の大半は戦争支持ではなかったかことを思い浮かべる。ところがお隣のフランスやドイツでは戦争反対が叫ばれ、現政権の支持率が高まっている。個人の意見などマスコミ操作でどうにでもなるのか、とふと自嘲的になる。
それに対し、イラクの周辺国はイスラエルが気にいらぬ、しかしわが身に降りかかる災いは避けねば成らぬ、結果、アメリカは憎らしいが言うことを聞かねばならぬで、国内は政府と国民で乖離というパターン。
日本の個人個人は「なぜ戦争を・・・。」という派と仕方がない派にわかれているとか。心情的には反対するもののイラクの国民は気の毒だなあ、イランはさっさと降伏し、フセインは早めに国外逃亡すればいいのに、そのくせ戦後の復興に日本が大金を払わされるのは困るなあ、などとナイーブに考える。ひそかにこの戦争の結果が景気にどういう影響を与えるか、持っている株はどうなるのか、などと固唾を呑んで見守っている。
やれ、やれ、迷える羊はどうしたらいい?
最後にこの前のテレビ放送から。
フセイン政権ができたとき、イラン発のイスラム原理主義革命をつぶしたかったアメリカは諸手をあげて賛成した者だ。問題になっている生物化学兵器などもアメリカが渡したものだ。しかしフセインは、アメリカは出てこないと見て行ったクウエート侵攻で躓いた。そして武器は持たぬと約束させられたが、あの手この手で彼はアメリカに反抗する。アメリカはこれが気に入らず、一昨年のニューヨークのビル爆破直後にイラク攻撃を検討し始めたという。フセインはやり過ぎて墓穴を掘っている感じだが、アメリカも何とご都合主義と感じないわけにはゆかない。
註 ご意見をお待ちしてます。 e-mail agatha@bekkoame.ne.jp home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha