1445「「戦後経済史は嘘ばかり」を読む」(328日(月)晴れ)

 

変動相場制のような自由な為替相場の世界では、適正な為替レートはマネタリー・アプローチによって計算できる。二国間のマネタリーベースの比をとると均衡レートが出てくる。

1973年まで1ドル360円の利点を生かして非常に有利な貿易を繰り返していた。日本はその後も1985年のプラザ合意まで裏から介入を行って実質的な固定相場制を維持した。しかしアメリカは失業率を改善させるために軍事費などの財政赤字を拡大、いわゆる貿易赤字と財政赤字という双子の赤字を抱えることとなった。この合意によって変動相場制に移行、政府は介入を辞め日本は実力で勝負しなければならなくなった。

マクロ経済政策には一つは税金を取って公共投資をする「財政政策」と「金融政策」に二つしかない。1ドル308円の固定相場から一気に理論値の140円に近づいてしまった。日銀は外債を買うために為券を発行して、日銀に引き取らせる方法で、市場に大量のマネーが供給されることになった。一方で公定歩合が低いまま据え置かれ(2.5%)た。その結果「金融の超緩和」が不動産や株式に対する投機を促し、バブル景気を促した・・・・。

実はバブル期は株と土地以外は超フツーの経済であった。実質GDP成長率は4.2-6.2%、物価上昇率は0.1-3.1%であった。バブルは後になって気が付くものであるが、歴史上はチューリップバブル、ミシシッピ計画、南海泡沫事件など数々あり、珍しいことではない。

一方で銀行や証券会社は「いくら売却益が出ても、本体の含み益は別だから大丈夫。含み益を出さなくてもいい」という法の盲点をついて異常な回転率で金を貸しまくった。これにつられて一般投資家も「もっと値上がりする」と思って株に手を出した。

ようやく1987年に証券会社が損失補てんする財テクを事実上禁止した。

つまりこの時期のバブルは株価と不動産の価格が異常に過熱した資産バブルであった。

ところが三重野総裁の日銀は金融引き締め政策を行い、これをマスコミが賞賛してしまった。バーナンキが言うように「資産価格はインフレ目標の定義に入っていない。」のである。金融政策は一般物価だけを見て判断すればよいのであって、資産価格を見る必要はない、というのがセオリーだ。ところが日銀は引き締めをお行い市場から金を吸い上げてしまった!

しかも日銀は「過去の間違い」を正当化するために、間違いを犯し続け、デフレを引き起こし、放置し、どんどん悪化させた。これが失われた20年を招いた!

「失われた20年」の原因を

・不良債権が足カセになった  ・バランスシート不況になった  ・IT投資、デジタル化に遅れ生産性が上がらなかった  ・ゾンビ企業が生き残り、イノベーションに後れを取った  ・岩盤規制を打ち崩す構造改革が不十分

などいろいろ言われるがすべて一端しかとらえていない。根本的な原因はデフレであり、それを招来したのは、あやまった金融政策だ。

そこに輪を掛けたのが日銀法の改正である。「手段の独立性」と「目標の独立性」も自分たちにあると考えさせてしまった。法人税減税などやろうとした小泉・竹中路線は完敗の連続であった。それを経済諮問会議設立などを経て、壊しにかかった。

しかし中途半端でリーマンショック後も「日本一人負け」であった。各国がお金を大量に刷ったのに、日本だけはお金を刷らなかった。その結果猛烈な円高が進み、リーマンショックの後遺症をいつまでも引き継いだ。「わからないときは他国と同じようにやれ」!

最後にTPPについて自由貿易を二つの観点から進めている。

一つは自由貿易は戦争を抑止するものであり、止めるべきでないとするもの。ある説によれば国際平和の5要件として

きちんとした同盟関係を結ぶこと・・・・戦争リスクが40%

相対的な軍事割合が一定割合(標準偏差分以下同)ますこと・・・・36%

民主主義の程度が一定割合増すこと・・・・33%

経済的依存性が一定割合増加すること・・・・43%

国際的組織加入が一定割合増すこと・・・・24%

根拠は必ずしも明らかでないが日本の平和に非常に良い示唆を与えているように思った。

そして関税率を下げればWinWinの関係になるのは常識と説く。グラフを使って説明しているけれども、全体として利益が出ることは常識してわかる。

ただここにきてアベノミクスは曲がり角に来ているようにも思う。マイナス金利政策などにも言及がほしかったがその辺はこの所では述べていない。

 

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