151「星条旗よ、永遠なれ!」(4月11日 晴れ)

戦後僕らの世代は民主主義と正義が最高のもの、国際連合が大切と教えられた。そしてその象徴たるアメリカにあこがれた。

しかし現実にはアメリカの言う民主主義というのは充分話し合いはするが、最後に気に入らなければたたきのめす、というカウボーイ民主主義。

正義というのはある限界を超えると暴力的行為のアクセサリー、日本流に言えば「理論と膏薬はあとから貼れる」・・・・そんなものなのか、と思う。

国際連合は、建前は世界の国々が協調してだが、アメリカが抜ければ機能しない、アメリカだけは国際連合を無視できる!

もう一つ、報道の自由も気に入らなければ力でねじふせればいい。

イラク戦争について日記に2度書いた。

3月20日「アメリカがイラクを攻撃」この中で以下のように書いた。

「しかし、それではイラクが国連決議に違反し、大量破壊兵器を隠しているかもしれない状況を放置していいのか、査察はどこまで続けるべきだったのか、アメリカは間違ったことをしているか、などと開き直られると、どれにも明快な答えなど与えられない。」

3月31日「イラク戦争でわからないこと」この中では二つの疑問と感想を呈した。

第一はなぜフセインが辞任したり、あるいは国外逃亡しないのか、第二はアメリカ人に対する戦前は予想されていなかったアラブ人の限りない憎しみである。

アメリカは意外にあっさり勝ったように見える。アラブ人の限りない憎しみは今のところ表面には現れず、民衆は一部ではフセイン政権からの解放を喜んでいるようにも見える。ただ、シーア派教徒の間ですら反米デモは盛んだというし、あの米軍歓迎シーンがどこまで真実なのかも怪しい状況である。

しかし一番重要なのはどうもイラクが国連決議に違反し、大量破壊兵器を隠している事実が今のところ確認されていない点だ。もしそうならアメリカは、「イラク人民の解放」などという手前勝手な理論を打ち立てて侵略しただけではないか。そして彼らは征服者きどりで一度はフセインの像に星条旗を撒きつけたではないか。こういう光景をみると前世紀の列強による植民地獲得を思い浮かべざるを得ないではないか。

ロシア、フランス、ドイツが自国の石油権益の問題はあるにしろ、戦後のアメリカ主導のイラク復興に異を唱え、国連主導でするべきだと主張しているのは当然ことである。日本政府も当然この立場を取っているようだ。

ただ国際連合という組織自体に問題があることも事実だ。いまだに常任理事国などという第二次世界大戦の力関係が蔭を落としている。

大体、民主主義とは国単位なのか、人単位なのか。国家の中では民主主義とは一人一人が平等ということだ。ところが国際連合では国単位だ。すると一方ではアフリカの小国とアメリカや日本が対等なのか、との疑問に突き当たる。その意識があるからこそアメリカは一方では国連を信じないのではないか。

しかしそう考えるアメリカも「人がみな同じ権利を持つ」という考えには、本質的にはほおかぶりをしている。もしそうなったら、中国とインドがアメリカより発言権を持たなければならない。常任理事国は総入れ替えだ。

あわせて国際連合という組織はきわめて官僚的と聞いている。多くの国からの寄せ集めなのだから、彼らが真に良心的などと期待する方がおかしいのかもしれない。

しかし欠点だらけの国際連合でもその主導でなければ、今回のアメリカの行為の決着のつけようがないではないか。60億の世界の民を、2億のアメリカ人が武器の力で支配する、などと言う状況はどうしても避けて欲しい。

日本の立場は難しい。ものの行動を決めるときに自己の利益から出る発想と純粋な正義から出る発想の二つがある。後者としてはアメリカの行為はnoであっても、前者から見れば弱者の智慧で止むをえないところもある。小泉さんはどうするか。

将来の流れはどうなるかは分からない。しかし個人ベースで見た場合、われわれの心の中での一つの価値観が崩壊し、あきらめムードにならざるを得ないような戦争結果と感じる。・・・・長いものにはまかれなければいけない?

註 ご意見をお待ちしてます。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha