1516「「天下と天朝の中国史」を読む。」(1218()晴れ)

 

著者は1950年生まれ京都大学出身の中国近代史を専攻する文学博士。台頭目覚ましい中国の根本にある考え方を理解するうえで役に立つと考えて読んでみた。

古代の中國人は自分たちの住む世界=天下のことを天円地方と考えていた。中央には天子の直轄地があり、その周囲に諸侯の領地があり、そのまた外側に夷狄の地があった。

天子とは天の委任を受けて天下を収める有徳である。天子が得を失い天意(実は民意)に反して勝手な行動をとると、天は怒って別の人物に天命を下す。いわゆる革命である。

この考え方を敷衍すれば、天下は天子の威徳の及ぶ範囲が天下であり、天子の徳に応じて自在に伸縮し、明解な境界というものがない。高ければ拡大し、逆の場合は縮小する。天下一家とは儒教の究極の、天下が一つの家族になったことを言う。天子が父となり、民は子となり、一切の争うごとがなくなり理想的な世界が実現する、まさにユートピアであった。

一方で天下は広狭二つの意味でとらえられてきた。狭義では中国王朝の実行支配地域、華だけである。しかし広義では夷狄の地が含まれる。これらは冊封され中国皇帝の臣下となり、中国王朝のことを上国、天朝などと称した。そして中国王朝にとり、夷狄を含む広義の天下に一家を現出することもまた自己の地位の正当化のためには重要な条件であった。ついでながら日本の「漢委奴国王」について著者は倭の奴国の王ではなく、倭奴国に対する蔑称ではないかとしている。この中国独自の天下感に対して、周辺諸国はそれぞれに独立した天下感を創出していた。例えば日本はそれを作り出すことによって中国に依拠する必要がなくなり遣唐使などもその後途絶えがちであった。

明朝末期の鄭和の大艦隊を率いてアジア・アフリカ諸国への示威行動は、莫大な下賜品をばらまいて、経済的利益に誘導された周辺諸国の中國詣でを促すものであった。

明朝から清朝へ、つまりは王朝が漢民族から満州族に代わった華夷変態現象は、周辺諸国にも大きな影響を及ぼした。朝鮮は明への事大を貫く一方周囲には野人(女真)、日本、三島(対馬,壹岐、松浦)、琉球が配置されており、野人は最も野蛮とされた。それが天下を取ったのであるからエリート層両班の屈辱感はいかばかりか。明の正当性を主張し「小華」「小中華」の意識が高まった。日本は鎖国体制を貫いていたために大きな影響を受けなかった。伝統的な日本中心の天下感が残った。日本と同様、小天下と大天下のダブルスタンダードを持していたヴェトナム中華王朝の冊封を受けながら皇帝を称し、周辺諸国を蛮夷と蔑み「南の中華」として上から目線でふるまった。

一方清は官僚機構や礼・法など明の制度をほとんど受け継ぐ一方、漢族と満族を平等に扱うことによって両民族の融和を図ろうとする。さらにそれは北の満州、モンゴルひいては中心の中華と外縁の夷狄を平等に扱う乾隆帝時代の「中外一家」という概念につながってゆく。しかしそれもアヘン戦争以後、外夷は中国で存在感を増す西洋人全般を指すようになった。そして日清戦争における敗戦。なぜ東夷の小国日本に敗北したか。多くの官僚・知識人は苦悩した。

そして辛亥革命。「従来中国では多くの王朝が興亡したもの、日本国号のように時代を超えて呼称される国名が存在しなかった。そこで彼(梁啓超)は天下の中心にあって文明の高い地域を漠然と点す中国という概念を、新たな国民国家として提唱し、後世それが受け入れられて次第に定着したわけだ。現在我々が普通に使う中国・中国人という概念は、近代国家の確立過程で意図的に生み出されたものだということを知らねばならない。」(265p)

1912年に中国憲法のもとになる「中華民国臨時約法」が作られた。五族(漢、満、蒙、回、蔵)が中華人民と定義されている。また近代基本国家の特徴ともいうべき「主権」、「領土」、「国民」の三つの要素を兼ね備えている。アジアでいち早くこれを取り入れたのは日本であったがそれに倣ったのである。この延長上に孫文の三民主義もあった。

そして太平洋戦争における日本の敗戦。中国共産党は抗日戦争に際し全民族が一致団結して抗日に当たる必要があると、民族間の矛盾は差し置き中華民族概念を強調した。「中華人民共和国を各民族が仲良く協力し合う大家庭にする。」というわけである。しかし実態は漢人の中國であり、これにチュルク系のウイグル族やチベット族が反発している。

21世紀に入って経済的に自信をつけた中国は日ましに存在感を強めて今日に至っている。2013年に「陸と海のシルクロード(一帯一路)」を提唱した。沿線各国にインフラ投資のためのシルクロード基金を設けたり、アジアインフラ投資銀行を設立した。まさに安全保障など軍事面も含めた中国主導の共同体構想で鄭和の航海ルートを髣髴させる。一方で軍事力を増強し、米国の活動範囲を後退させようとはかり、南シナ海ではサンゴ礁を次々に埋め立て軍事基地化しようとしている。「強軍大国化」がヴェトナム、フィリピン、インドネシア等近隣諸国との関係を悪化させている。

 

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