三峰神社の鳥居をくぐりぬけると、荒川の切り立った崖を眼下に、鮮やかな朱塗りの橋がかかっている。登龍橋といい、アーチラインの美しさは圧巻だ。橋を渡って、ロープウエイの駅まではかなり急な山すその道をすすむ。左右には杉の巨木がそそり立ち、谷側にはその間から荒川の流れが見える。
バスは2時26分ということで、僕は今その道を早足で下っている。
今朝は、秩父で乗り換え、三峰口に出て、昼前にバスで大輪までやってきた。天気は曇り、雨が降らないのがましなくらい。まだ観光シーズンには少し早いのか、観光客はほとんどいなかった。ロープウエイは高低差680メートル、行程1900メートルをわずか8分で駆け上る。尻が少しむずむずした。
三峰神社は頂上駅から徒歩で15分。日本武尊がイザナギ、イザナミの二神を祭ったのが始まりと伝えられる。関東における山岳信仰のうちでもっとも由緒ある神社だそうだ。とにかく二礼二拍手一礼のお祈りをし、5円玉を賽銭箱に放り投げた。それから社務所前のベンチに座って秩父駅で買ってきたおにぎり弁当をひろげて食った。2,3人いた観光客もどこに行ったか分からぬ。
食い終わるとすぐに帰途についた。帰りのロープウエイの出発までに時間があったから、しゃくなげ園周遊と書いてある山道を歩いた。しゃくなげはまだ蕾も膨らんでいなかった。ロープウエイの往復運賃1490円は少しもったいない気がした。
「ありがとうございます。」ガイド嬢の営業用の挨拶に送られて帰り道を急ぐ。
木の間越しに登龍橋が見えてきた。そのときだった。眼前の山側の杉の巨木から谷側の杉に座布団みたいなものが飛んだ。一瞬こうもりか、とも思ったが大きすぎる。座布団はそのままするすると登り、細い枝のでているあたりに越を掛け、こちらをにらんだ。リスといたちをあいのこにし、ひとまわり大きくした感じ、へらのような尾をピンとたてている。あれは立派な襟巻きになりそう。やっとムササビだ、と分かった。近寄ると、危険を察知したか、上のほうに登っていった。杉の下にゆくと小さな木片が落ちてきた。
僕は今まで野生のムササビなど見たことがなかったのでひどく感激した。
我が家に戻って百科事典で調べると「飛行距離は180メートルに達し、体長約40cm、尾長約30cm、夜行性で昼間は木の洞穴などに潜む、食物は果実、若枝、樹皮、コンチュウなど、ギャオーと猫のような声でなく。ホニュウ網ムササビ科、分布=日本、朝鮮、中国。1産2子、毛皮はあまり利用されない」などとあった。
子どものときから何度も空を飛ぶ夢をみた。手を広げると楽に飛びたてるのが、不思議に体が重い。眼下に町が見えるが、体が少しづつ沈んで近づいてゆく、僕は落ちないように必死に腕を上下させる・・・・そんな夢である。
インターネットを調べると誰かが散文を書いていた。その中の一節。
「古代から空にあこがれていた者は多い。
恐竜は空に憧れて、あるものは翼竜になり、あるものは鳥になった。
ねずみは空に憧れてこうもりになった。
リスは空に憧れてむささびになった。
いわしは空に憧れてとびうおになった。
人は空に憧れて、あるものは舞空術を極め、そしてあるものは飛行機を発明した・・・。」
真偽のほどはともかく、うまいことをいうなあ、と感心した。
むささびを家の中で飼っている人が、むささびを上から撮ったり、下から撮ったりした飛行写真を掲載していた。今日見たむささびにそっくりだった。また長野の鹿教湯温泉のつるや旅館は「むささびの訪れる宿」と売り出していた。
薄ら寒く、一人旅でさえない一日だったが、むささび君に出会ったことで救われたような気がした。
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