1544「黒い子猫の旅」(4月12日(水)晴れ)
私は黒い子猫、名前はまだない。私の仲間は14匹いる。みんな真っ黒だ。
桜の花が散りはじめ、空にはキラキラ星様、一部を除いてみんなすやすや眠るころ、私は外を歩いてみたくなった。猫は本質的には夜行性なのだ。
雨水を貯めるつもりなのだろうか。大きな水がめが一つ・・・・。
私は自分を「黒い子猫」というけれど、ほかの13匹などがそう言うからそう思っているだけ。自分の顔を見たことがない。かめの水に自分を写して眺めてみようとよじ登る。のぞき込む。いや、真っ黒だ、本当の真っ黒だ。目ばかり光っている。オモシロクナイ。
窓から屋敷を覗いてみる。ドレスを着た女性なにかメランコリックなフランス風ドレスの娘。素敵だ。彼女はなにか歌って言える。窓越しで聞こえぬ。私のその口に合わせて歌うことにした。
「子猫のにゃあ、にゃあ、にゃあ、歌う子猫のにゃあ、にゃあ、にゃあ・・・・。」
そういえば仲間の子猫たちの話を思い出す。「お屋敷のお嬢さんがピアノを習いに行っていた。先生のもとにフランス娘が寄宿していたが、縁あってこちらに来た。」とか。
窓辺を降りて少し行くと川があった。河のほとりで若いカップル。男はサキソホン、女はカスタネットのようなものを振り回している。私も彼らの音楽に合わせて踊りだす。すると私と一緒に踊りだした子猫。いつの間にかやってきた仲間の三毛子。彼女ももちろん真っ黒。なぜ真っ黒なのに三毛子というのか知らない。彼女とまたあの歌を歌った。
サキソホンの男に聞く。「向こう岸に渡れないかね。」
「500メートル程向こうに吊り橋があるさ。川向うは別世界らしいが行ったことがないのでね。」
三毛子と二匹で夜道を川沿いに歩いて行くとその橋に出た。
鋼鉄のロープを使った吊り橋、形をとるために楕円形の枠が節目に作られている。進んでゆくとその楕円形の門を次々通過することになる、まさに別世界に行く雰囲気。
渡り切って木々の中。カエルが大きな口を開けて何かしゃべっている。「お前はどこから来たのだ?」
「アメリカさ。ひとっ飛びさ。」少し行くと池のほとりに出た。娘がなんか洗濯している様子。籠の中に洗ったものがどっさり入っている。それにしてもこの娘も黒い。
「どうしてあばたはそんなに黒いのですか。」「あんたもそうじゃない?私の故郷はモロッコなんだから仕方がないでしょう?」「モロッコってどこさ?」
彼女の話によれば、飛行機に何時間も乗ってやっとつける、この世の果て。もっとも三毛子によれば、ご苦労様にもそのモロッコにあそこの屋敷の主人は去年いったのだとか。人間とは無駄なことばかりするものだ。魚でも食っていればいいのに。しかしそれにしてもこの娘は美人だ。座っているが腰がしゃんと伸びて顔立ちがいい。
池を回って向こう側に行くと、岩の上で白いひげを蓄えた老人が釣りをしている。
「釣れますか。」「全然釣れないさ。」
その時浮きがピクリと動いた様子。老人は思い切り竿を立てた。小さな鮒が暴れながら上がってきた。老人は面白くなさそうに針を外し、又池に投げ入れる。もったいない!
山高帽の男が岸に腰かけている。こいつは白い。手や足が怪我をしたのかつないだ様子。
「おじさんはどこから来たんだい。」「ローテンブルグさ。」
又聞いたことのない名前だ。三毛子がそっと教えてくれる。
「ドイツの南にある町よ。私の昔のお師匠さんが行ったことがあるって教えてくれたわ。」
彼に「腰かけて何をしているの。」と聞くと「私の本来の仕事は煙をくゆらせてよいにおいを出すことなのだけれど、今は燃やすものがなくてね。」
すると「私も同じよ。」という野太いおばさんの声が聞こえた。こちらはまた黒い。よく肥えている。
「おばさんはどこから来たのだい。」「ハバナよ。」
またまた聞いたことのない名前、又三毛子が教えてくれる「カリブ海のキューバという国にあるわ。」それにしてもこのおばさんの胸の豊かなこと、尻の出ていること!
おや、なんだか少し明るくなってきたように見える。
「そろそろ帰らなければいけないわ。」三毛子にせかされて、またあの吊り橋を渡って戻る。「そらにさよならお星さま、まどにお日様こんにちは、子猫は帰る、あのねぐら・・・・。」
最後に著者より。「一言忘れました。このエッセイのタイトルは本当は「喫茶店ヴェローチェからもらってきたプラスチック製の黒い子猫の旅」と書くべきでした。長いので省略して・・・・。その子猫が夜、海外から私が持ち帰った人形巡りをしたのですよ。」
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