1571「墓参りと寿桂尼」(7月16日(日)晴れ)
今日は、娘夫婦と所沢で待ち合わせ、所沢聖地霊園に行く。「この暑さは尋常じゃない。」とご亭主殿。猛暑の連続、梅雨などどこへ飛んでしまったか。
昨日は一か月余りの日本一周クルーズから戻った高校同期a君と食事をした。
500万円もかかったそうだが、「金は墓場に持っていけるわけではない。」と言っている。
「アスパラガスをありがとう。」北海道から私にアスパラガスを送ってくれたのでおいしく食べた。「北海道もウラジオストックも寒くてね。」
シベリア鉄道に乗る機会があったが「俺は、体調も良くなかったのでやめにした。同行の女性だけが行ってきた。シベリア鉄道もすっかり観光列車になりきれいになっていた。」
韓国は嫌いだから入っていないコースを選んだが、沖縄、台湾など南に行ったとのこと。そして「この次はボラボラ島に行くクルーズに申し込みたい。」
なんとも豪勢なことだが彼は言う。
「2,3年前と客層が異なってきた。この頃は老人ホームの爺さんばあさんが大挙して乗ってくる。彼らにしてみればほかにすることがないからなのかもしれぬ。豊かな日本!
今朝は、ラジオ体操に行く時間が十分でないので、今川町のあたりまで散歩。
観泉寺は、今川氏真等の墓がある、と報じられている。もっとも昔調べたときの情報では氏真は別のところに葬られていると聞いた。今川家は2代後、徳川家に拾われ、日光東照宮に参拝するときの手配をする高家に取り立てられ、わが今川町周辺の領地500石を拝領した。19世紀に農民一揆が起こったときに押さえつけ、この観泉寺で首謀者の裁判が行われた。寺の後ろにある今では駐車場になっているところは処刑場であったともいう。寺の門はいつも開いていたが、今日は閉まっている様子。ガールフレンドのAさんが言っていた通りと思ったがいぶかしかった。2年くらい前にこの中にある今川家の墓を訪れたものだが・・・・。
家近くまで来ると、寝間着姿のようなスタイルをしてb君が自宅の植木を眺めている様子。b君は小学校の同級生である。建設業の下請けのような会社をしていて一時は高級車を乗り回し羽振りがよかった。しかし声をかけると「おれ、もう駄目だよ。」10年くらい前に脳梗塞で倒れた。その頃奥さんもなくされた。すっかり元気がなくなっていた。「近くのコンビニに行くのに2時間もかかる。」「この前、ここですっころんで頭を打ち病院に運ばれた。」など話している。
話を戻す。所沢聖地霊園に行くときには、次女のご亭主のお母さんが眠られている墓と、我が家の父母、それに亡妻の三人が眠っている墓の両方に行く。両方の墓とも花はすっかり枯れ、草が伸び放題であった。草を抜き、線香をたき、手を合わせ、手桶に残った水をかけ、それだけである。ふと「やっぱり死者は忘れられてしまう。」と思う。
終わって所沢の駅に出て食事。珍しく娘は飲まぬという。
「昨日、バドミントンの仲間と飲み、家に帰ったのが午前様だったから・・・・。」
女も強くなったものだ。「c(孫娘)はどうしている?」「家で試験勉強をしているのかしら。」それならくればいいのに、と思うがそうもゆかぬか。娘は「cちゃんにお土産を買ってゆきたい。」と所沢駅のせんべいやに飛び込んでゆく。
夜NHKTVで「直虎」。今日は少し本題と離れて没落する今川家の様子が放映されている。浅丘ルリ子演ずる寿桂尼が孫の氏真を支えて活躍する。伊井の女城主直虎を迎えて死期近い様子の彼女は
「直親のことを恨んでおろうの?」
今川義元が織田信長に桶狭間に倒れた後、三河で徳川元康のちの家康が独立した。新しく城主になった直親は、小野政次等の讒言により、家康に内通していると疑われ、駿府に向かう道中で忙殺されてしまう。このことを言っているのだ。
その場はうまくつくろったかに見えたが、今川家の力が衰えると謀反する武家衆が出始める。その先手を打って今川家は粛清を始める。寿桂尼は直虎をも粛清対象に挙げる。「あれは私と同じ考え方をする。自分のことを中心に考える。落ちぶれた主家のことなど考えるものか。」
そこまで厳しくしても、彼女の力をもってしても没落する今川家を支えられなかったのだが・・・。なかなか面白かったがふと気が付いた。
「直虎のお陰で、あの「観泉寺」も訪れる人が多いに違いない。そこで普段は門を閉めておくようにしている。」
我執というものが少しなくなってくると、己のやるべきことだけが見えてくるような気がする。同時にこの世の良さとくだらなさが見えてくる。私もそんな段階に近づいたのかもしれぬ。
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