1572「久しぶりにザックの会で奥多摩むかし道」(7月22()晴れ)

 

奥多摩駅は、昔氷川駅と言っていたが、1971年に改名された。中学生の時、1956年ころ日原の鍾乳洞に始めて行った。だから奥多摩駅という地名になじみがなく、今日も奥多摩という駅は青梅の向こうか、こちらかなど考えてしまった。氷川から先に1952年に小河内ダム建設用資材を運ぶ小河内線が開業され、57年まで残っていた。

新宿で信号機のトラブルがあったとかで、私は十分に早く出たのに、三鷹、立川、可部、青梅と4回も乗り換えて、9時過ぎに到着。ようやく仲間も到着しa君の指導の下、柔軟体操も終え、出発することになった。天気は快晴。今日のコースは「奥多摩むかし道」ということで奥多摩湖まで行く。幹事のbさんが詳しい資料を作ってきてくれた。

「旧青梅街道と呼ばれていた道。・・・・小菅から大菩薩峠を超えて甲府にいたる甲州裏街道で甲州街道より8キロほど近道であったそうです。・・・・昔小河内の生活は、塩山との交易に支えられていました。大菩薩峠の無人小屋で物々交換をしていましたが一度も間違いはなかったそうです。その後小河内の物産は、氷川への激しい山道(14キロ)を避け、歩きやすい五日市に運ばれ生活物資に替えられました。・・・・・明治32年に小河内氷川間が、割と平坦な山腹を通る道に改修され,道のりも10kmに短縮、交易ルートが氷川へと変わりました。以降、木炭の生産が飛躍的に増加しました。」・・・・・本日行くのはまさにそのルート。

私はしばらくザックの会への参加を見送っていた。右ひざが痛くなるなど足に自信がなくなったからだ。しかし今日のコースは距離9.4キロ、高低差180mという。普段のコースに比べずっとやさしく見え、参加することに決めた。もっとも半月くらい前から「いくら高度差が少ないと言っても山道、毎日10000歩以上歩いているが、その倍に近い距離、大丈夫か。」と不安であった。

コースが容易に見えたこともあって14名も参加。しかし歩き出してすぐに気が付いた。歳をとったのは、私だけじゃない・・・・。同期だから年齢も当然一緒、75歳か誕生日を私のようにすでに迎えていれば76歳、立派な後期高齢者、来年は77歳で喜寿!体も弱るわ!

眼下にときおり多摩川をみながらゆるゆると進む。「脊柱管狭窄症治療後、後遺症として発症前に比べ歩行速度がずっと遅くなっており・・・・・。」とメールしていたc君が、矢張り遅れ気味。彼を待ちながらという感じになる。

二つ目のトイレの近くに小さな滝があった。不動の上滝ということで落差約7mとか。

弁慶の腕抜き岩、というのがあった。岩に穴が開いておりそこに腕を突っ込むと嘘をつく人はぬけなくなるとか・・・・。あの「ローマの休日」の日本山奥版?「ヘップバーン(Hepburnというのは日本式ではヘボン式ローマ字のヘボンのことだ。**先生がいつも話していた。キャサリン・ヘップバーンの方はあのローマ字のヘボンの孫だ。」と誰かが話している。

馬の水飲みが場あたりであったか、橋脚の上に廃線が見えた。小河内線、通称「水根貨物線」の後か。所有者は東京都から、西武鉄道、現在の奥多摩工業と変わったが結局旅客化されること無く放置されているが 現在でも遺構は残り復活の日を待ちつづけているとか。

日本画界の巨匠、川合玉堂は晩年をこの辺で過ごしたらしい。歌碑に

「山の上のはなれ小村のなを聞かむ、やがて我が世をここにへぬべく」

29才の時に、小河内に絵を描きにやってきたときに、この地で詠ったものとか。なんとなく昔文字を読み取れた私は、内心得意?

歌碑があるあたりに休憩所があり、昼食。コンビニで朝買ってきたらしい昼飯。

西久保の切り返しからは山道、bさんが言っていたように少し登りがきつい。ところがここであのd君がe君とともにリタイア、バスで向かうことになった。d君は毎日テニスをやり、この4月に私とメキシコ旅行を楽しんだ仲、元気者のはずだが、今日はどうも朝から元気がなかった。昼食の時に飲んだ缶酎ハイが利いたのかもしれぬ・・・・・。

遠くに奥多摩湖が見えてきた。下りは距離はあるがゆるやかでやがて「青目立不動尊休どころ。」古民家を改装した食事処とか。店は閉まっていたが奥多摩湖の眺めが非常に良い。集合写真を撮る。

国道411号を超えて少し上ると奥多摩湖。そこからバスの乗って出発地奥多摩駅に戻り、予約してあった店に飛び込み、地ビールで乾杯。もっともd君、e君以外にもfさんが途中リタイヤし、g君は先に帰ったから乾杯は10人になってしまった。

帰りの列車は順調で荻窪駅には6時ころついた。家に戻り一服してシャワーを浴びる。d君に電話する。あれからe君と別れてバスで奥多摩に出たそうだ。「もう、元気がないよ。」とずいぶん弱気なことを言っている。私自身は少し疲れたが、無事に元気で戻ってこられたことがうれしかった。携帯の万歩計はなんと28,000歩を記録していた。

 

註 ご意見をお待ちしています。

e-mail address   agatha@ivory.plala.or.jp

ホームページ    http://www4.plala.or.jp/agatha/