1599「年寄りのギリシャ旅行」(11月4日(土)曇り)
友人と初めてギリシャ旅行に行ってきた。パック旅行で一行33名、老夫婦等お年寄りが多く私より上も目立った。旅行は9日であるが、3泊4日のエーゲ海クルーズが含まれることが特色。今まで経験がないくせにクルーズ旅行はどうも、と思っていた。船に一日いても仕方がない、退屈だ、とかんじるからだ。しかし今回の船旅はずいぶん忙しい。寄港地がひどく多い。
1日目 ミコノス島
2日目 トルコのクシャダス パトモス島
3日目 クレタ島、サントリーニ島
そして4日目の朝7時には次のお客の準備があるから部屋をあけてくれ、と言うのである。
寄港時間はみな5時間くらいである。その間に上陸して観光せねばならぬ。しかも上陸するに際しては船を沖に留め、テンダーボートに乗り換えて渡るケースが多いから結構それで時間を取られる。夕日がきれい、など言っても都合の良い時間につくとは限らぬし、その場所が上陸地点のそばにあるとは限らぬ。それに対応するため、大忙しであった。
旅の楽しみは異国の地でのんびり過ごすことに見出す人もいようが、文化や歴史を学ぶことに興味を見出す人も多い。ギリシャは大体13万平方キロ。2000以上の島がある。人口990万人。アテネに300万人が集中し、2位はテッサロニケで100万人位とか。
私は矢張り歴史を学ぶという観点からことに興味深い。
ギリシャの歴史と絡めて今回の旅行先を並べてみる。
クレタ島:クレタ島は紀元前7000年ころから人が住み始め、紀元前18世紀にはクレタ(ミノア)文明が開花した。中でもクノッソス宮殿が有名。伝説に登場するミノス王が紀元前18世紀に建てたという。この宮殿の存在は長年伝説であったが1900年に考古学者アーサーエヴァンズの発掘で現実のものとなった。宮殿は一辺が160メートルの巨大な建物。特に下水道が完備していることが世界遺産の決め手になったとか。雨の中を城跡を見て回り壁画に感動した。
ミケーネの古代遺跡:紀元前16世紀から紀元前12世紀ころバルカン半島を南下し、クレタ(ミノア)文明を引き継いでミケーネ文明を作り上げた。エーゲ文明(青銅器文明)の最後に当たる。1876年ドイツ人の考古学者シュリーマンがミケーネの古代遺跡を見つけた。彼は子供のころホメーロスの「イーリアス」に感動し、1873年にトロイ遺跡を発掘している。数年前トルコを旅行し、彼が最初に発掘したトロイ遺跡を見ていたので興味が倍加した。
アテネ:そして都市文化の時代。スパルタ、アテネ、コリントなどはそれぞれに対抗しながら発展してゆく。アクロポリスとは「高い丘の上の都市」という意味である。
アテネが紀元前480年ころペルシャ軍によって完全に破壊された後、紀元前432年民主政治を築いた名将ペリクレスの指導の下パルテノン神殿を完成させた。マケドニアのアレクサンダー大王の侵略などあったが、ヘレニズム文明を開花させた。
しかし紀元前146年に完全にローマに征服されその属州となってしまう。ローマがやがて東と西に分裂し、ビザンチン帝国の一部となってしまう。キリスト教が誕生するが(パトモス島)、ギリシャ正教とローマカトリックに分裂し、ギリシャ全体は前者が中心となった。
メテオラ観光:さらにオスマントルコの支配の時代。この時代の混乱を避けようと一部の修行僧がメテオラのような人の近寄りがたい場所に住み始めた。
その後ギリシャは19世紀になってようやく独立しそれなりの道を歩み始める。
旅行の間、一番困ったのはおしっこ。ミコノス島は特に歴史的物はないが風光明媚なリゾート地。夕方着いたがガイドの女性が「ここの名所は粉ひき水車、そこに沈む夕日が素晴らしい。しかし時間が迫っている。」と半分駆け足で海岸通りの商店街を歩きだす。こちらは遅れては大変と必死。粉ひき水車は見られたが、沈む夕日には間にあわず、その上、友人ともども尿意。帰り道、行きに教えられたトイレも夕やみに見過ごし、パン屋に飛び込んだ。すっきりして飲んだギリシャコーヒーのうまかったこと!
もう76歳である。かなわぬことかもしれぬがもう一度ギリシャに今度は少しのんびり来たいと思った。アテネの街も十分見ていないし、パルテノン神殿は見たが宗教の象徴、古代ギリシャ人が生活する場はアゴラと言う隣接する場所、見られなかった。ミケーネの古代遺跡は見たが、コリントの遺跡は見られなかった、スパルタもテッサロニケも・・・。それともう一つ、今度行くときはあのギリシャ文字位読めるようにしておきたい、歴史ももう少し勉強しておくべきだ、ギリシャ語もね。旅行と言うのは終わるとすべて過去のものとなりまた行きたくなるところが困ったもの。ところで皆さんもいかが。尿漏れパッド持参で・・・・。
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