1603「詩吟という趣味」(1119()晴れ)

 

秋の「新宿区吟剣詩舞のつどい」、いつものように新宿文化センターで行われた。

私は103番目に吟ずる。だいぶ後の方でそれだけまたされるという事。待たされる分だけ余計な心配をする?

今回の私の吟は清平調詞その2

李白が玄宗皇帝に呼ばれ、おそばに控える楊貴妃の美をたたえたい歌。全部で3つある。

一枝の濃艶露香を凝らす  雲雨巫山枉げて断腸

借問す漢宮誰か似たるをえん 可憐の飛燕新粧による

楊貴妃はふくよかなタイプでその美しさは牡丹の花に例えられた。彼女の美しさをその一枝に例えてこのように言っている。楚の襄王が夢で巫山に住む神女に恋したという話がある。その神女さえびっくりするほどの美しさ。お尋ねしますが漢王朝(時代は唐王朝であるが露骨に言うのを避けている)の中であなたに匹敵するほどの美しい方がおりましょうや。そう、化粧をしたばかりのあの趙飛燕位でございましょうか。

毎日吟じており今朝も練習した。口ずさんでみる。ところが承句の「枉げて」がどういう言うわけか出てこない。もう一度くちずさむと今度は起句の「凝らす」が出てこない。日本語でなじみにくい文章のように感じる。舞台で次の言葉が出てこない、あの結句だけはみっともない。

その上吟じてみると細かい謝りに気づいた。私は焦った。もう一度練習。そんなことをやっているうちにのどがかれてきた。声がかすれてきた。

また焦った。高音が比較的得意な私。声勝負にならぬ。鞄の底をさらってみると「のどくろ飴」が出てきた。それをなめると唾液が出てきて少し改善された。

詩吟先輩のaさんが私の吟を聞いて「肩に力が入っている、自然に語るように。」というのでおそるおそる吟じてみるがまたかすれては大変と一回でやめてしまった。

本番は無我夢中で会ったが、どうにか結句だけはしないで済んだ。

皆さんうまい。もっともうまいと感じるだけでどこをもって上手、心が動かされるかというとなかなか難しいのだけれど・・・・・。

この前の日本詩吟協会予選で私が4本で吟じたと書いたところ関西の友人が「詩吟を4本で吟じるというのが驚きで、・・・・私はズーッと1本で通しています。・・・・「腹から出る声」を守るには1本の方がいいような気がします。」と書いてきた。

今日改めて聞いてみると低音でうまく歌う人が目立ったように感じた。

今回の詩吟大会の目玉は最後に行われた先生方による構成吟であった。構成吟とはあるサイトによれば「詩吟の披露方法。決まったテーマの詩吟をいくつかひとつのストーリーにまとめてナレーションを入れて発表すること。単独の詩吟を聞くより時代背景がわかりやすい。」

今回は「旅立ち」というテーマ。

第一章 決意の旅立ち 「将に東遊せんとし壁に題す」「出郷の作」「九段の桜」「易水送別」

第二章 辺境への旅立ち「磧中の作」「元二の安西に使いするを送る」「董大に送る」「友人を送る」

第三章 別離足る「黄鶴楼にて孟浩然を送る」「遊子吟」「酒を勧む」「春夜洛城に笛を吹く」

いづれも詩吟をやっているものなら一度くらいは聞いたことのある漢詩ばかり。それらの詩吟に合わせて剣舞が回れなかなか華やか。ナレーションを我々の先生が行った。それぞれに語るべき言葉はあるのだろうが省略。

終わって仲間内の懇親会。

大先輩のbさんが杖を突きながら来ていた。bさんは私たちの詩吟の会のずっと前からの会員であった。少々シモネタ好きでご婦人方から敬遠されているところがあったが、気のいいきさくなひとであった。それが病気をされて現れなくなって久しい。懇親会に出席したがるのを、みなが「医者はなんといっているのだ。」「クダをまかれてはかなわん。」など引き留めた。しかし本人はそれが目的で来たらしく出席。自覚しているのか、おとなしく雰囲気を楽しまれて何時風情であった。皆の眼は暖かくまた戻って来い、という様子で、本人も楽しそうでよかった。

aさんは「詩吟は節が決まっているから感情表現がうまくできない。」という。私も実はそう思う。コンクールなど出てかってもそれほど人気が出るわけではないから金にはならぬ。確かに大きな声を出すから健康にはいい。しかしそれだけ、ともいえる。それでもこういう会に入って活動を続けるのは趣味であると同時に人間関係でもあるように思う。bさんも病に臥せって寂しくなった、と感じられたのであろうか。・・・・たかが詩吟、されど詩吟なのかもしれぬ。

 

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