1641「スリランカ旅行」(417日(火)曇り)

 

「ここが1198段目、これをこうして登れば1200段・・・」とガイドが言う。

旅行の目玉はシギリヤロックという岩に登ること。高さ200メートル、岩山に沿って取り付けられた階段を1200段登る。一日10000歩以上歩くようにしているけれども、最近急に足腰が弱っているように感じる。75歳当たりは体力衰えの分岐点かもしれぬ。数年前には東北の山寺、去年もミャンマーのポッパ山に登った。いづれも1000段級の階段。だから経験はあるが、最近は近くのスーパーの階段を屋上まで150段程度歩くのが精一杯・・・・。

緑の森の中に突然、にょきりと現れる褐色の高い岩山。前日に初めて見て感動した。

「天気予報では夕方に雨が降る」という事なので朝一番で登ることにした。しかし同じような考えを持つ人が多いようで結構な人出。

この辺は古代から仏教僧たちの修験場であったが、彼らが住み、修行したのは岩の下。その址が残るふもとを通って、いよいよ登山開始。最初の岩肌に作られた階段と人工的に取り付けられた鉄の階段を二、三百段。そこかららせん階段を少し登るが、実はこれは寄り道なのだ。

昔シギリヤの岩肌にある洞窟には、鮮やかな色彩で半分裸の豊艶な美女たちが描かれていた。修行僧たちはそこに入って修行した。スリランカの僧は日本の僧とだいぶ違う。ボランテイアであり、妻帯できず、酒、たばこ、女はご法度という事らしい。「これでは目がちらちらして修行どころではあるまい。」というと、あわててガイドが「ですから修行に使うようになってから、絵を削り取ろうとしたのです。しかし削れなかった岩肌が残っているところがるのです。」

その岩肌の残っている洞窟を拝もうとの寄り道したのだ。絵は3分の1か半分くらいしか残っていないからあとは想像力を働かせるのみ。

戻ってきてまた少し登るとライオンの入口という広場に出る。ガイド「この岩が獅子のように見えませんか。私たちはそののどぼとけに当たるところを通って頂上に行けるのです。」

だいぶ疲れていたが、一休みしたので元気が出た。この辺りで半分、ともガイドは言う。

岩肌に取り付けられた鉄製階段をもくもくと登る。ようやく周囲の山々、ふもとの村を眺める余裕も出てくる。そして頂上。やっとたどり着いた感じだが、達成感で一杯、感激、汗も引っ込む。太古の昔にはここに王宮を建てたものもいたとか。王宮、兵舎、住居跡などが痕跡を残す。がけ下遠くに我々が泊まっている「ホテルシーギリヤ」のプールが見える。・・・・こんなところがロック登頂体験記。

パック旅行でスリランカ旅行、と言っても参加者はなんと私と同行の弟の二人のみ。

411日に成田を出て、シンガポールで乗り継ぎ、夜遅くコロンボのホテルについた。スリランカはインドの南に浮かぶ面積6.5平方キロ、北海道の0.8倍くらいの島。気温は年間を通して25-30度で一定。人口2000万人余り、シンハラ人が70%強、タミル人が20%弱、それにムスリム教徒、宗教は70%が仏教徒だが、ほかヒンズー教、イスラム教、キリスト教など。人種や宗教の対立が時々起こり、新聞紙上をにぎわしていることは知られているが、基本的には平和な農業国。紅茶と宝石が売りらしい。

翌日バスで島の中央にあるシーギリヤに着き、登山は3日目であった。その前後に仏教遺跡や寺など見学。アヌーラダプラのイスルムニヤ精舎は一枚岩に彫られた寺、涅槃仏などが見どころ。ボロンナルワは10-12世紀にシンハラ王朝の首都があったところ、王宮の礎石、柱、多くの仏像が残る。

4日目にタンブッラの石窟寺院を見た後、「スリランカで最もスリランカらしい町」と言われるキャンデイを訪れる。北に栄えていたシンハラ王朝が、インドからの侵入者に追われ南下を続け、最後に選んだのがこの地、周囲の山々が敵の侵入を防ぎ、イギリス人によって滅ぼされるまで300年以上にわたりシンハラ文化の華を咲かせた。

その中心にある仏様の歯が祭ってあるという仏歯寺。折から13日と14日はこの国の大晦日と元旦に当たるのだという。休日が続き、人々は家族連れで寺に繰り出していた。日本は寺に行くというとお墓参り目的が多いが、こちらは平和な生活、一家の繁栄などを願う。

最後にコロンボの街を見た。スリランカは平和な国であるが財政的にはなかなか苦しいらしい。一方で中国習近平政権は一帯一路戦略を着実にすすめている。しかし特に隣国インドの反発が厳しい。そこでインドの周囲にあるスリランカやパキスタンを取り込もうとしている様子。結果、ネットで見つけた記事によれば「201712月、中国の援助で建設した南部ハンバントタ港を中国国有企業へ引き渡した。高金利債務の返済に窮していたスリランカは、“借金の形”に海のインフラを奪われた形で、中国のスリランカへの影響力いっそう強まりそうだ。」港には中国資本によるという多くの高層ビルが次々立っている様子であった。

6日間の旅であったが、飛行機に乗っている時間を除けば実質4日。しかし足に少しの自信もつきそれはそれなりに良い経験になった旅であった。皆さんもいかがですか。

 

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