165「アバウト・シュミット」(6月3日 晴れ)

時計が秒針をきざみ、やがて5時をつげる。男はオフィスの明かりを消し部屋を去る。

シュミット氏、66歳、一流保険会社の部長代理である彼は、今日定年を迎えた。退職パーテイは盛大だったが、親友が挨拶で言った様に見せ掛けだった。「助言してください。」と言った後任を訪ねると「分かってますから。」と邪魔者扱い。会社とは完全に縁がきれたことを自覚させられる。

彼はアメリカ中西部のオマハにある瀟洒な住宅に住んでいる。改めて家庭を顧みる。尻だけ大きくなり、あれこれうるさい女房、おれにとってこのばあさんは何なのだ。しかしそのばあさんも突然脳卒中で亡くなってしまうと途端にありがたさが分かる。若いとき会社での親友と浮気をしていた、と知っても許そう、という気にさえなる。

一人娘のジーニーはすでに独立し、車で数時間の所に住み、怪しい男ランドールと結婚しようとしている。シュミット氏はこの結婚に反対である。怪しげな投資を薦める本人、複雑で品のない家族等々。しかし娘は聞く耳を持たない。しかも妻が去りすることのなくなったシュミット氏が身をよせようとすると、「準備で忙しい、結婚式まで来るな。」仕方なくシュミット氏は大きなキャンピングカーで思い出の場所を尋ね、数日を過ごすのだが、出会うのは他人の顔ばかり、いやというほど孤独を思い知る。

いよいよジーニーの結婚式。マイクを向けられ「本当に言いたいことは・・・・。」その先観客は「俺はこの結婚に反対だ。」とでも叫ぶのではないか、と思わせる。しかしかろうじてそれをおさえ、おざなりの挨拶。ジーニーはシュミット氏の金で新婚旅行へ。彼女はもう他人となり、去ってしまったのだ、と自覚する・・・・。

シュミット氏を演じるのは「カッコーの巣の上で」「恋愛小説家」などで有名な性格俳優ジャック・ニコルスン、ほかにジーニーの婚約者ランドールの母親ロバータを演じるキャシー・ベイツが好演。家庭の露天風呂でシュミット氏に迫るところなどなかなかユーモアがある。シュミット氏がタンザニアの孤児のフォスターペアレンツになり、その手紙を通して話を進めているところもユニークと感じる。

監督は新人のアレクサンダー・ペイン。新聞の評によると監督は「シュミットは、私が自分はこうはなりたくない、と思っていた人物。死んでいるようなものだ。」と述べているという。しかしシュミット氏が特に異常な行為をしたわけではない。監督自身もその年齢にならないと分からないのではないか、と感じた。

余りにも自分の経験とシュミット氏のそれが重なるのに驚いた。妻の死、定年、そしてシュミット氏ほどではないにしろ、子たちとの対立。ただ私の場合は50歳代後半から60歳にかけてそれらの事が起こった。ようやく落ち着いてきたこのごろである。しかしシュミット氏の場合は66歳である。この数年の違いがどう影響するのだろうか。

ガールフレンドのAさんと一緒に見に行った。見終わって彼女は何と批評していいか分からぬ風。「結末に救いのないのが悲しい。この次はもう少し明るい映画がいいわ。ツー・ウイークス・ノーテイスなんかどうかしら。」

しかし私は結論は出ているように思えた。シュミット氏は「これから新しい生活が始まる。」というようなことを最後に手紙の中で述べている。

最後は人間は一人なのだ。一人で生き、一人で死んでゆく。シュミット氏の保険会社の統計によれば、この年齢で定年を迎え、妻に先立たれた男の平均余命は9年そこらとか。統計だから20年先か明日かは分からないが、それまでの一時、一人で元気よく歩け、面白おかしく生きろ、と薦めていると感じる。

よくできたドラマである。アメリカン・ビューテイは42歳のダメ男家庭の崩壊の物語だが、こちらは66歳、しかしアメリカ、考えようによってはどこにも共通な家庭の問題を見事に描き出した作品といえよう。現実を直視できる人には是非お勧め。若い人にも薦めるが、完全に理解はできないだろうね。

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