1650「割れたガラスの物語」(5月21日(日)晴れ)
シーグラスという言葉が耳新しかったのでウイキペデイアで調べて見た。
「シーグラスもしくはビーチグラスとは、海岸や大きな湖の湖畔で見付かるガラス片のことである。波に揉まれて角の取れた小片となり、曇りガラスのような風合いを呈する。
シーグラスの色は、その元となったガラスの色に依存する。したがって、多く使われる色のガラスは、シーグラスとしても頻繁に見られる。例えば飲料の容器として利用される緑、透明、茶色などである。これらに次いでは水色、黄色、ピンクなどが多い。珍しい色は灰色、紫、赤、黒ある。赤はおよそ 5,000 個に1個、最も稀なオレンジは 10,000 個に1個程度の割合である。黒のシーグラスは1860年代以前のガラス、正確には暗いオリーブグリーンのガラスに由来するものが多い。また、オーストラリアの海岸で発見される黒のシーグラスは、1940年代のビール瓶のものである。
オークションサイトでは一般的な色の物が安く売られているが、高い色や珍しい色だとコレクター間では高値で取引される。
シーグラスは海浜で採集されるもののほか、研磨機を用いて人工的に作ることもできる。
研磨機で作った人工のものは、自然の環境下で長時間をかけて浸食された天然のものとは表面が異なるため、顕微鏡観察により見分けることができる。シーグラスの蒐集家は、人工のものは「クラフトグラス(craft glass)」と呼んで区別するべきであると主張している。」
志村君とは小学校、中学校が一緒であった。その頃から漫画が上手であった。
会社を辞めた後、漫画家になろうと活動し、今もその最中。
山庭さんはその彼が今は絵本作家を目指しているらしい。今はというのは彼女の経歴を見ると
「専業主婦時代はフィリピンでボランテイア活動、離婚後は学習塾やコンサル会社経営、2006年に「ウータンタンのお話」を出版、大分県の夏休み課題図書に選ばれる」などとあるからいろいろな方面に挑戦されたのであろう。多分僕らより20歳くらい若い?美人である。
いつからか知らぬがその彼女の童話の挿絵を志村君が描くようになった。
その志村君から彼女が仲間と原宿の画廊で展覧会を開いているので来ないかと誘われ、先日行ってきた。絵本作家の集まりの展示即売会の様でいろいろ楽し気な本や絵が飾られていた。半分付き合いで山庭さん作、志村君挿絵の「割れたガラスの物語」という小冊子を買ってきた。
ストーリーがなかなかよくできている。志村君の絵もうまい。彼の人々を描いた漫画は何度も見せられた。しかし海や山の様子をこんなにも上手に描けるとは知らなかった。
以下そのストーリーの展開。
「風が新緑の緑を運んでくる日曜日の朝、家族に見守られながら、おばあさんは静かに目を閉じた。
おばあさんは最後まで首にかけたシーグラスのペンダントを握りしめ穏やかな微笑みを絶やさなかった。これからはそのペンダントは娘さんの宝物になる。」
「ボクは、そのペンダント、これはそんなボクのお話。」
以下話をまとめると
ガラス炉からグラスとしてボクは生まれた。青年に買われていったが、グラスは海岸で不注意により割れてしまった。ボクはやがて海に落ちた、波に流され「毎日転がるだけの日々、ボクは何のために、誰のためにこんなことをしているのだろう。
イソギンチャクを傷つけ「痛い!」と叫ばれた。他人を幸せにするために生まれてきたはずなのに・・・・。ボクは一体何をしているのだろう。
台風の日、ボクはまた砂浜に打ち上げられた。ボクは何のために存在しているのだろう。
しかしボクは小さな女の子に拾われた。こうしてとうとう・・・・
「ボクは自分でも気づかないうちに、シーグラスになっていた。何年も波にもまれ、岩にぶつかっているうちに角が取れ、丸くなっていた。・・・・毎日同じことの繰り返し・・・・何も変わっていないと思っていたけれど、変わっていたんだ! 意味のない一日なんて、一日もなかったんだ。」
「ボクはまた他人を幸せにできる。」
ここに作者山庭さんのいいたいことが見えるように思う。それはまた彼女の生き方と重なっているのかもしれない。ただ私はこうも感じる。人生には時間制限というものがある。時間軸と戦いながら、いろいろな方向に進んだ。若気の至りという言葉がある。歳をとって思えば、ああすればよかった、こうすればよかった。しかし間違いを世間は認めず、とにかく進んできた。別の道を進みなおす時間も与えられない。そうしてやっと到達したところが現在。もうあまり時間は残されていない・・・・・。私と同年配に皆さんはこの辺も併せてどう感じますか。
註 ご意見をお待ちしています。
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