1652「豊洲工場に勤務していた頃」(526日(土)晴れ)

 

新宿で豊洲会があった。東京ガス豊洲工場に勤務していた人たちの懇親会。

あそこに築地市場が移るという。どういう世界になるのだろう。当時は都心に近いとはいえ陸の孤島であった。近くに昼飯を食いに行くことすらほとんど不可能。

私は昭和42年、入社し期待される技術職として配属された。社員は事務職、技術職と現業に分かれていた。事務職はともかく、技術職は現業を指導する、という位置づけであった。しかし私は化学系で機械の方はからきしダメだった。圧縮機がモーターとコンプレッサーからできていると初めて知った。そのコンプレッサーにターボ式とレシプロ式があるなどというのも初めて・・・・・。「新しい職場でそこのことをいきなりわかれと言っても無理だ。もう少し教育してほしい。」と言ったら「そんなものは自分で勉強する物だ!」と怒られた。

しかし新米技術員は怪しかったが、現場は工長さんを中心にまとまっていたから仕事に支障はなかった。またそんな技術職を工場の稼働を守るために常駐させておくべきだ、という考えであった。昼夜勤といい、夜中に一度か2度現場に行くだけ、早速配属された。夜中になると腹が減る。うどんなど作って先輩たちとともに食った。「勉強をしろ」「工長たちとも打ち解けろ。」というのだが、勉強はせず、鼻っ柱だけ強かったから問題を起こし、よく怒られた。

1年くらいでそれが終わって実戦配備。もと現業だったらしい人の話。

「油ガスに勤務していましたが、効率を上げるためにミニプラントを作りました。」

炉の中で高温にした石油に水をかけると分解してガスになる。しかしそうすると炉の温度が下がるから、燃料用に油を入れ燃やして温める。油ガスはそれをサイクルで繰り返すのである。この仕事を担当したのは、私を指導した先輩であった。この後私はこのプラントから出るばい煙をいかに取り除くかという実験をやらされた。計算で豊洲工場から出た粉塵が銀座当たり間で汚染していることを知りびっくりした。ばい煙はほとんど炭素である。それを取り出して実験室までもっていこうとしたら途中で燃え出して慌てた。

後に本社などで一緒になり、今もつき合いのあるa君の話。

「ホルダーのそこには水がたまっていたでしょう。あれには石炭ガスから出た不純物などいろいろ沈殿していました。それを1年に一度清掃し、たまったヘドロをドラム缶に入れて保管するのです。しかし時間がたつと上長から「海に流せ。」と言われました。私はその時「海が汚れる。」と抗議したところ、カンカンになって怒られました。」

当時はまだ有水槽というガスホルダーが使われていた。底辺に水を張ったホルダー、ガスの出入りに応じて上下した。それはともかく、偉い人、上役、監督、こういう人の命令に自分が疑問を思ったときどう対処すべきか。現在もあちこちで見かける問題!

評論家は「間違っていると思うなら、別の方式を考え、言い方に注意して提案するべきだ。」など言うけれど、そんなであるから評論家風情にしかなれぬのだ!

現業であったb氏の話。いまはもう引退して私同様いいおじいさんになっている。

「熱量調整のシーケンスを全部やらされましたよ。」

私が豊洲工場に配属される以前のことだったのだろう。あの頃は製造ガスの時代であった。石炭や石油から作られたガスをブレンドして5000キロカロリーのガスを供給する。

入社する5-10年も前は低圧供給が当たり前であった。それが需要が増えて高圧で供給しなければ追いつかなくなった。それに合わせてガスのブレンド装置もそれに合わせて作り直さなければならなかった。それをさしているのだろう。

「インドネシアには1年行っていました。本当にいい勉強になりました。」

私も1975年、チームでインドネシアの都市ガス普及の調査のために一か月近く派遣された。ジャワ島、スマトラ島など忙しく駆け回り、懸命に調査した。・・・・と言えば聞こえはいいが最後に向こうのガスネガラの役員のお別れ挨拶・・・・「大変よくやってくれてありがとう。しかし君たちの調査はバリ島も含めて4週間、少々短かった。」・・・・・。

この調査の前か後か忘れたが、実際の製造設備、供給網改善などのために現業社員が派遣されることになった。それに選ばれたのが彼であった。

「インドネシア語はできるの。」「必死になって勉強しましたよ。」

豊洲工場は私を「これは使い物にならぬ。」と判定したのか、4年くらいで係長昇職を機会に体よく追い出した。しかし今考えればよい時代で、私のガスマンとしてのベースを作った時代でもあった。多くの上長や先輩は他界したり、体の不調とやらで、今日は出席していない。

ある人の言葉「毎日食事をおいしくできることが一番幸せだ。」という言葉が身に染みた。

 

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