1663「あっちへ行き、こっちへ行き・・・」(7月1日(日)晴れ)
今日は一人で夕飯、安く手軽にすませようと、私は麻婆豆腐を考えていた。
食材を求めて荻窪のマーケットを歩いていると携帯電話。aさんからだった。
「今日は来ないの。四谷でお稽古だよ。」詩吟の稽古が四谷であることをすっかり失念していた。慌てて、教科書等何の準備もなく、地下鉄に乗り駆けつけた。
先生、aさん、bさんなど6人。私はクラウンの東京地区予選で吟じる清平調子2の練習。
終わって四谷クラブで一杯。この前の私の中学校の同期会の話からいろいろ話が弾んだ。
近頃の若い人の話になってaさんのこの前の話を思い出した。
「おもてなし、が大事というけれど私はその前に大事なものがあるような気がする。おもてなしは多少なりとも打算が入っているように感じる。その前に相手に対する思いやり、と言うものが大切だと思う。」私はいつかこのことを書いて投書してやりたい、と言っていたがその後どうなったかは知らぬ。
貧富の差が激しくなった、と言う話が出た。その結果負け組が将来に希望を見いだせず、自暴自棄に走り、自閉症になったり、大事件を起こしたりする。
職場で上長が部下に土下座させることがある、と誰かが言う。
私たちの時代、上長は先輩であり、なにか少しでも自分に勝るものがあった。
「竹中平蔵がいけなかったのだ。」と一人。なぜかというととにかく仕事の成果を求めた、効率を求めた、その結果古くからあったよき習慣が壊された、と言いたいらしい。
「成果主義」は当然のことだ。しかしその中にあっても人間性をどう保つか。
職場は学びの間ではなく、単に仕事を分担し、後はそれぞれのねぐらに帰るだけ・・・・それで人間形成ができるのか、という事であろうか。
会社がい終わってから飲みに行く、マージャンをする、期末ともなれば社内運動会がある、期末会がある・・・・最近ではみな嫌われているらしい。
あまつさえ、退職者の会にも加わらぬ者が多いとか。私は出身会社では優秀な人間ではなかった。しかし教えられたことは山ほど多い。そして会社をやはり愛しく思っている。
そういう意味では今回の働き方改革にも問題がないとは言えぬかもしれぬ。
ある番組「電車に乗ると眠くなる。なぜか。」と言うようなことを放送していたという。
「母の胎内にいるように感じるからだ。ごとんごとんとやさしく揺られるからだ。」
職場は規律も競争も厳しいところだったけれど、昔はこれと同じぬくもりのようなものがあった。そしてその中から同胞意識と言うやつが生まれた。
PTAの話が出た。ある新聞記者が偶然会長になってしまった。とにかく出席しなければならぬ会の多さ、皆の勝手で物事を思い通りに動かせぬこと、大いに勉強したという。
成果中心、自分中心、合理中心だけでは物事はスムーズに動かぬという事か。
逆に言えばそれだけ身勝手な考え方が普及した!
勉強した、と言えば、「小池百合子は失敗だったね。」と言う話。「彼女もまた良い勉強をしたに違いない。」という意見が出た。人生は未経験のことばかり、そこで成長してゆくのかもしれぬ。トランプも文在寅も・・・・・。
紀州のあの裸一貫から50億の財を稼ぎ、最後は麻薬で殺されたらしい男の話が出た。
「しかしおあの男は決して幸せではなかった。」
「金の稼ぎ方は誰でも考える。しかし金をためた後、どう使うかについてはみな学ぼうとしない。」
何が問題なのだろう。マスコミがまずいけないという話が出た。
言論の自由の時代である。誰が何を言ってもいい。それをテレビに流そうが新聞で喧伝しようが構わない。ただ品格とか知識、公平なものの見方は求められるような気がする。
お笑い芸人やちょっと出の女性タレントがまことしやかに政治や経済に対するご意見を言う。そしてそれが妙に大衆に受ける。
一芸に秀でている物は政治も経済も語れる、などと勝手に推測しているのか。冗談ではない!我々と同じか、時には以下ではないか、などと思ってしまう。
視聴率欲しさにこのような傾向になっていることを嘆かわしく思う。
ちなみに私はCCTVを中国語の勉強を兼ねて聞いている。
お国柄、政治的な者も多いが日本のTVよりずっとまっとうで面白い感じがする。
最後に誰かが一言・・・。「金は賢く使おう。今日も割り勘で・・・・。」麻婆豆腐とセットした電気炊飯器のご飯のことは・・・・しっかり忘れていた!
註 ご意見をお待ちしています。
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