1674「あの時代」(8月10日(木)曇り時々雨)
暑さがぶり返している。日経新聞によれば最近蝉がどこも悪くないのに死んでしまう。蝉も熱中症かとささやかれている。ゴキブリが少ない。ゴキブリは暑い昼隠れているが夜涼しくなると活動する。しかし今年は夜も暑い。蚊も少ない。あれも活動域は30度以下とか・・・・。だから雨上がりに急に出てくる。
間もなく終戦記念日、東条英機は,あの戦争開始を如何して決断したのだろう。戦えば不利である、という事はわかっていたはず。それを決断したのは・・・。個人の思いだけで決断したとは思わないが、世の中にはそれが世界を揺るがすことがしばしば。今はトランプ大統領がその様に見える。とにかく自己の利益、そのためには中間選挙での勝利、という事なのだろうか。
企業も同じ。失敗するかもしれないと思っても大プロジェクトを立ち上げる。その男は賞賛される。何年か経つ。案の定そのプロジェクトは失敗し、別の人間が担当になる。彼は尻ぬぐいだけさせられ、ちっとも褒められることはない。・・・・。
人の言っていることが、個人の思いからか全体を考えているのか、そして仮に後者だとしてもそれが正しいのか、透徹した目で見ることはいつの世にも重要と思う。
高円寺の歌会に集まったのは今日は4人だけ。「お盆だから忙しいのでしょう。」とママ。
この会に集まる仲間はカラオケをぜひ歌いたいと考えているわけではない。
今日は4人。a君はうまく、新しい歌を仕込んでくるが、必ずしも歌いまくりたいわけではない。静かにグラスを傾けながら人の話を聞くのが好きと言った様子。b君と私は本質的には下手。あまり積極的に歌いたい方ではない。c君も似たようなものだ。
それが8時過ぎになるとカラオケの時間だ、となるのは、話すこともなくなり、ほかの客がそろそろ歌い始めるから・・・・。a君は別としてあまり得意でない連中が唄うせいか、昔懐かしい歌ばかり・・・・。
私は「カスバの女」を歌った。するとc君はなんと「星の流れに」を歌った。戦後間もなくのあの食うものも食えなかった時代、上野で行き倒れに近い状態になっていた女性の心情を歌ったものと聞いた。「星の流れに身をまかせ、今日をねぐらの今日の宿」三番には「飢えていまごろ妹はどこに、一目会いたいお母さん」と言うような歌詞。飢えるなどと言う言葉が歌詞に現れるのはこの歌くらいではないか。
するとb君が「長崎の鐘」を歌った。「召されて妻は天国へ」永井と言う確か長崎医科大学の医師の話が下敷きになっている。原爆が落ち、医師は運ばれてくる多くの患者に対応しなければならなかった。ようやくそれが一段落し、我が家に戻ると妻が台所で死んでおり、ロザリオだけが残っていた、というものであった。
6日に広島、9日に長崎で原爆祈念日。安倍首相が、被災者といかにも真剣に話し込んでいる写真が首相官邸SNSアカウントで公開された。広島で行われた「原爆の日」の平和記念式典に出席した際、被爆者代表と手を取り合う写真を掲載し、「核兵器のない世界の実現に努力する」などと書き込んだ。だが安倍首相はこの日、核兵器禁止条約に参加しない考えを通告して、参加を求める被爆者たちの失望と怒りを買っていた。手を取り合うシーンは、ごく一部にすぎない。これこそ安倍首相が野党批判で繰り返す「印象操作」ではないのか、左翼の主張はそんなところだ。
私は何という心の連中だろう、とあきれる。安倍首相だってあの原爆被災の悲しみはわかっているはずだ。それをさも自分たちだけが理解しているように考え、あの状況を本当は知らない若い連中の思い上がりが我慢ならない!
時代は変わったものだ。あの戦争の被害者は原爆被害者だけではない。多くの都市が焼け野原になり、負けてしまった時代。そんな中で庶民は何といっても生きることに懸命だった。生き物は自殺なんかしない。とにかく食って子孫を残すことに懸命だ。自殺は一種の贅沢病ではないか、と思う。そういう意味でいえばうつや引きこもりなんて言うのもそのたぐい、あの頃はたぶん、そんなものはほっておかれ、それぞれの状況で死を迎えてゆくだけのことであった。
私は私たちに重要なのはあの頃を忘れないこと。何も戦争の悲惨を忘れるな、と言っているわけではない。ああいう状況を自分たちが生き抜いてきてそして今の、あの頃から見れば極楽のような時代に到達したことを忘れるな、と言いたい。苦しくなればあの頃を思い出して考えればいい、そんな風に思っている。
また最近仲間が3人もなくなった。歳をとって何が寂しいと言えば仲間が次々消えてゆくこと。さびしいことだ。
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