1697「「書に通ず」を読む」(10月24日(水)晴れ)
書道を町の文化教室で細々習い始めて、5年以上になる。全然うまくならないけれども、それでも代表的な書のにおいくらいはかいだ気がする。それらを自分の頭の中でまとめて、私なりに体系化するうえで、この書は大変に役にたった。
筆者石川九楊は「書は文学である。」と定義する。一つの文は微細に見ると文字からではなく、筆触(書字の微粒子運動)により、起筆、送筆、終筆が字画(点画)を構成し、それが文字となってゆく。それが集まってさらに語を形成し、句を作り、節、章、文章になってゆく。筆触の過程で思考するという行為が発生する。ワープロやパソコンの文字は筆触が欠落しているために表意には不向きな機械と言える、とも断定する。
書の美の要素は筆触、構成、角度からなる。筆触は「トン・スー・トン」の三折法に代表される文字の力、文字の深さ、文字を書く速度およびそれらの関係からなる。構成は文字や構えの結び方、筆脈などを通して余白の美しさを生かすものだ。角度は横画が右に上がる草書、行書、楷書の成立にその根拠を持つ。この角度は特に中国の宋代以降は作者の対象に対する角度、つまり表現スタイルとして重要な意味をもつようになる。これらを踏まえて著者は書道史を概観している。
紀元前1400年ころ、エジプトやメソポタミヤに比べるとずいぶん遅れて黄河の流域に文字が生まれた。甲骨文というもので亀の甲羅に彫られたものである。
「丙子卜す。韋貞う。(いとう=お尋ねします)我年(みのり)を受けんか」
初めて甲骨文というものを読んだので、私は少々感動した。
やがて春秋戦国時代に入ると甲骨文が消え、青銅器の金属器の銘文、金文の時代に入った。これら古代文字の姿を脱ぎ捨てるのが篆書、秦の始皇帝が制定した文字である。篆書の次に現れたのが隷書で、人は木簡に「書く事」を意識し、「筆触」という概念が生まれ始める。まだ横画がやけに目につき、字形も扁平に構成されているが・・・・。
やがて絹の布や紙に書く段階になって、省略体段階である草書が成熟し、発展して行書体が登場する。筆触技術が発展し、二切法が書かれ、また石に彫られてゆく。王義之の「蘭亭序」が書かれたのが353年、その頂点の作品というべきか。さらに筆触技術は「トン・スー・トン」の三切法に進みきっちりした文字が書かれる楷書法にいたる。この頂点に来るのが「九成宮醴泉銘」(632年)、「鴈塔聖教序」(653年)である。もはや文字は石に彫られるものでなく紙に書かれるものとしてみられるようになる。顔真卿(708-85)の書は三切法を自動化し、単純化したものといえようか。
さらに楷書法技術が再び行書や草書を改組し、新しく作り変えていく。それが宋の時代の蘇軾(1036-1101)、黄庭堅(1045-1105)、米芾(1051-1107)に代表される書と言える。書における角度という作品のスタイルが完成する。明代になれば長条幅連綿草書体の書が沢山みられるようになる。宋代まで一尺幅の巻物で描かれていたものが、絵画に倣ったのか縦に立ち上がり、掛け軸が成立する。日本の書道界になじみの深い祝允明(1460-1526)や 王鐸(1592-1652)などの作品がこれに当たる。
清代になるとまた新しい書の時代に突入する。朱耷(しゅとう1626-1705)や金農(1687-1763)のように多折法、いいかえれば字画の幅がほぼ均一の「無限微動」ともいうべきスタイルが現れてくる。そして篆書体という古い書体が見直されるにいたる。
一方日本で本格的に漢字が使われるようになったのは700年ころであったろうか。最初は写しとなぞりであった。光明皇后の「楽毅論」はまさに王義之の書のなぞりと言える。空海の「風信帖」もまたその延長上にある。ここから日本独特の「くずし」が生まれる。三筆の空海、橘逸勢、嵯峨天皇、を経て三蹟の小野道風、藤原佐理、藤原行成にいたると、「くずし」に一つの独立した様式が生じ、平安後期ともなれば、もはや中国の書とは異なる「和様」ともよばれる表現段階にいたる。これに亡命来日した中国書が加わり、それらは細々禅院の書として引き継がれる。
一方音を漢字に当てはめる段階から平仮名は女手として発展してきた。上代様というのは平安中・末期の女手をさすがその基準となるのは「寸松庵色紙」「桝色紙」であろう。この時代を過ぎると文字に連続が一層進む。やがて藤原定家や藤原俊成の書で高みに達するが、そのあとは尻切れトンボのように流派書道に落ちてゆく。
更に別に日本的表現を展開したのが鎌倉時代の親鸞、日蓮、更に室町時代の一休で漢字かな交じり書字法が確立されてゆく。江戸時代に入ると池大雅、与謝野蕪村、良寛などの日本独特の新しいが生まれてくる。そして明治になり、日本の文字体系を整理し、合わせて流入する西欧文化にどのように対峙するかが問題となり、高村光太郎や会津八一のなどの書につながってゆく。
ただここまではどうにか理解できたが、書はこれからどう変わってゆくのか、まだ見えていない気がする。その意味で最終章に掲げられた抽象的な書にいたっては私の理解を超えていた。書は矢張り文字として認識されねばならぬ。
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