1699「長瀞に行く」(1112日(月)曇りのち晴れ)

 

昨日の夕方a君から電話

「明日、雨らしい。天気予報が言っている。雨ならおれはゆかぬ。君は行けばいい。」

a君、それに私たちとは高校同期、a君とは中学も同期のbさんの三人で長瀞にアユを食いに行くという計画である。川辺にある丹一という店だが数日前に電話すると「今の時期、紅葉で混んでいる。来店した順に入れるので予約はできぬ。」

私は「bさん二人では・・・・。君が行くなら行く、行かぬなら中止だ。」と答えた。

今朝8時にa君から再び電話「天気が持ちそうだから行こう。」。リュックに傘を忍ばせ、登山靴、まるで山に行くようなスタイルで出かける。

所沢からレッドアロー。天気はどんどん良くなってゆく様子で三人、大成功と喜ぶ。長瀞はなかなか遠い。秩父から御花畑駅に歩き、そこから秩父鉄道で20分余り、ようやく12時近くに長瀞駅に到着。月曜日、しかもあの天気予報であったが、ぼつぼつの人で。踏切を渡って岩畳通りという川に続く道を降りてゆく。右も左も食べ物やお土産屋。

「丹一」の前にも数人の客が並んでいたが10分くらいで入れる。昔来た時のような鮎尽くしのようなものはなかった。仕方なく鮎飯と塩焼きの鮎を頼む。

鮎は8月、9月に落ち鮎が取れるが今の時期はとれぬらしい。「丹一」は冬季は閉店するそうだ。出てきた鮎はおいしかったが養殖の鮎なのだろう。a君は「天然物は壺抜きができるがこれはダメ。」とちょっとがっかりした様子。

この前ここに来たのは5年くらい前であったろうか。主人が「今朝、鮎は網をうってとってきたものだ。」と言っていた。その時も同じメンバーで、農家風の家の庭にはドーベルマンがいた。店の壁には燕が巣をつくっていて、子たちが口を開けて母燕の帰りを待っている様子であった。

「あのドーベルマンはちっとも怖くなかった。私の靴の上に汚い足を載せてじゃれてきた。」とbさん。私は怖くて後ろの方で眺めていた。

a君がおばさんに「あのドーベルマンはどうした?」おばさんば、びっくりした様子であったが「なくなりました。亭主があれで大分落ち込んでいました。」

今は何だか鮎よりもそばが人気らしい。向こうのテーブルでは家族ずれがマイタケのてんぷらそばに塩焼きの鮎を取っている様子であった。

昔風でなくなった様子にちょっとがっかりしたが、それなりに味わい、外に出る。

ふらふらとまた踏切を渡って、宝登山神社まで歩く。鳥居から神社下までの緩やかな登りは案外きつい。階段を登って何やらわからぬが、お賽銭を入れ拝む。「10円は縁を切るとかでだめらしいわよ。」リッチな私は三人まとめてご縁がありますようにと15円入れた。

紅葉はわからぬがのんびりしたいい一日だ。この先に宝登山にのぼるケーブルがある。私とa君、それに先日亡くなったc君と3人で来た時、上まで登った。観光客が少ないのか、上はずいぶんさびれていた。今日はそちらはゆかぬ。また駅まで歩き、ロマンスカーで所沢に戻った。

a君の話。

「この前大腸がんの疑いがある、内視鏡を入れて調べるというから、嫌だ、と断った。するとエコーを取らせてくれというからOKした。結果はセーフであった。」

「あさってから彼女と二人で下田の清流荘に行く。」

下田清流荘は下田の一つ手前、蓮台寺にあるなかなか高級旅館。さらに言う。

2月にノルウエーなど北欧のクルーズに行ってくる。君も来ないか。」

彼は飛行機は事故が起こるとそれまで、怖いから乗らぬ、と言っていた。そのことを糺すと「今行かぬと、もう行けなくなるからさ。飛行機もファーストクラスだからいいと思う。」

5時ころ帰宅。何もしなかったがそれなりに思い出深い一日・・・・。

 

註 ご意見をお待ちしています。

e-mail address   agatha@ivory.plala.or.jp

ホームページ    http://www4.plala.or.jp/agatha/