18「飛鳥山公園と石神井川」(10月27日 晴れ)

「お天気のよい日が続いているわ。明日はどこか歩きたいわ。」とガールフレンドのAさんに言われて、玉川上水沿いはどうだ、野火止用水沿いを通って平林寺はどうだ、などいろいろ考えた末、京浜東北線で王子にでて飛鳥山公園を散策した後、石神井川にそって豊島園まで行ってみようと考えた。石神井川は豊島園より上流は自転車で大体通ったことがあるからわかっているが、隅田川にそそぐまでの下流は始めてである。

10時すぎに王子駅につく。駅北口にでるとすぐに音無親水公園。石神井川の水を引いて、巨岩、水車、古い船などをあしらった深山幽谷風庭園はなかなか味がある。もっともすずしいせいか、人出は少ない。向かいが飛鳥山公園裏口、しかし北口から駅と反対側の正面口に向かって本郷通りがとおっており、車の往来が激しく横断するのに苦労する。

飛鳥山公園はこれまで桜の名所くらいにしか知らなかったが、坂を上りだして紙の博物館、北区飛鳥山博物館、渋沢資料館の三つが並んで建っていることがわかった。渋沢栄一はなんと言っても日本の実業界の大立者、それに勤めていた東京ガスの創始者でもあるから、ぜひ見たくなり、Aさんの意見もきかず、強引に押しかけた。

「12時半から今日は晩香廬も見ることができます。」という係りの案内だが、時間がない。パンフレットによると、このあたりは渋沢栄一晩年の本邸だったが、晩香廬は大切な客の接待用に使われていた、という。

ちょうど渋沢栄一を紹介する映画の始まったところである。すこしに前に竜門冬二の「渋沢栄一」という文庫本を読んだからその復習といった感じ。しかしすごい人だ。日本の主な会社のほとんどの創立にあたっている感じだ。画面に創業した会社が紹介され、東京ガスとAさんの亡くなったご主人の勤めておられた「I造船」がでてきた時にはほっとした。ほかに出身地の埼玉県深谷の様子、大いに触発されたパリ万博関係資料、彼が創立した養護施設や学校の紹介、晩香廬で人々を遇している様子など、幅広く展示紹介されており、一見の価値は十分。

王子は、わが国で最初に洋紙を作る工場が出来た。明治6年当時大蔵省にいた渋沢栄一が抄紙会社を設立し、イギリスから機械を購入し、イギリス人技師二人も雇い入れ、レンガつくりの近代的な工場を作ったのである。鉄道唱歌にも歌われた。その発祥の地に昭和25年作られたのが「紙の博物館」である。

歴史資料の展示のほか、紙の製法、リサイクルなどを紹介している。おりから特別展と称して千代紙展をやっており、吉原のおいらんを織り上げたものなどたくさん展示されている。館内は渋沢資料館とは大違いで小学生の団体が押し寄せ、込んでいた。

王子神社そばのカレー屋で昼食をとった後、石神井川にそって歩き始める。沿道は、最初、擁壁より大分下を通っているから風情がないが、やがて同じ高さになり、眼下に時にはよどみ、時には滑り落ちるように流れる石神井川が見える。桜が多く、それが川の上にせり出しているから、お花見のころはさぞかし立派だろう。ところどころに憩いの公園のようなものも設けられ、親子連れなどがかもにえさをやっている。

俳句の道、などというのもあり、ところどころに短冊が飾ってある。「どうだい,一首?」と誘うが、Aさんも苦手なのか「木漏れ日の・・・。」とでた後、だんまり。「ほのかに映す老いの影」と言ったら蹴飛ばされた。沿道は比較的広く、ジョギングをする学生が時々われわれを追い抜いてゆく。どうやら帝京高校あたりの学生らしい。

中山道を越えると、ぐっと地味になってきた。木も少なくなり、さながら住宅街の一般道という感じである。喫茶店等はない。女学生が軟式テニスの練習をしている風景が見えた。ときどき休みながら東武東上線、川越街道を越えて行く。やがて練馬区に入り、城北中央公園。もう一がんばりで豊島園である。2時半をすぎて、少し涼しくなってきた。

大分疲れた。豊島園の観覧車かなにかが見えてきたときは、正直ほっとした。王子から10キロくらいあったのではないか。豊島園前の花屋にあるカフェでハーブテイーを楽しみ、帰路につく。今日のコースは中央線基点ではないが「歩こう会」のコースとしても悪くはないな、と考えた。

追記

このエッセイを公表したところ、同年輩の友人から

「俳句は私ならこうします。  木漏れ日の いやでも映す 老いの影」

だまれ!だまれ!

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