170「エリザベス」(6月17日 曇り)

映画は、映画館で一度見ただけで、分かるものではない、というようなことをいつか書いた。この「エリザベス」はその典型である。一度映画館で見たが、今回はビデオで4度見た。個人的な話だが、若いときにイギリスにいたから思い出すことも多く、内容も見れば見るほど味がでてくるように思えた。

冒頭の火あぶりシーンなど、映画は常に緊張感にあふれ、息つくまもなく展開する硬派な映画である。同じ年に製作された歴史ラブストーリー「恋に落ちたシェイクスピア」とアカデミー賞を争い、やぶれた。作品が劣っているわけではないが、理解するには歴史的背景をかなり知っていることを要請され、大衆性がないのかもしれない。

当時のイングランドの女王は流血のメアリーといわれたガチガチの旧教徒で、新教徒等を徹底的に迫害した。エリザベスは、新教徒で、ヘンリー8世を父とし、ロンドン塔で処刑されたアン・ブーリンを母とする。メアリーの異母妹にあたるが、一時はロンドン塔に幽閉され、明日をも知れぬ身だった。しかし女王は42歳で他界し、1558年、25歳でエリザベス1世として即位した。

このとき「イングランド、フランス、アイルランドの王」とするところは注意を要する。当時スコットランドはまだ独立しており、イングランドは、フランスに領土をもっていた。

即位したもののイングランドは存亡の危機に立たされていた。

第一はフランス、スペインの脅威とスコットランド対策である。スコットランドには出兵したものの大敗を喫してしまった。またスペインは故メアリー女王の夫だったフェリペ2世自身が、フランスは国王の弟アンジュー公爵が結婚を申し出てくる。

第二は旧教徒の対立である。ヘンリー8世は王妃離婚問題にからみ、、ローマ教会と縁切りし、イギリス国教を打ち立てた。1534年に国王至上法を発布し、イギリス王をイギリス国教会の唯一最高の首長と定めた。これをうけ、エリザベス1世は、首長を統治者と改め、再発布した。

またエドワード6世の世に礼拝統一法をさだめ、新教に準拠してイギリス国教会の儀式・祈祷を統一した一般祈祷書を作成、強制したが、エリザベス1世は改定発布した。

いづれも即位1年後で、国王の絶対的権力を認めさせ、権力の基盤を築いた。

映画の冒頭では、エリザベスはロバート・ダドリーに恋する一人の乙女にすぎない。ところが女王になると徐々に変質してゆく。政治場面では内大臣ウイリアム・セシル、裏の策謀の場面ではウオルシンガム卿の力を借りながら、問題を解決し、成長してゆく。映画はその過程に力点をおいている。

ダドリーに妻がいる事が発覚するあたりが、決定的なターニングポイントとなる。彼女は、一人の女として自立してゆく道をとる。ダドリーを私の男めかけと呼びすて、フェリペ2世はもちろんのこと、アンジュー公爵の結婚話も断る。さらにダドリーの妻アミー・ロブサードがフランスから自分に贈られたドレスによって殺されると、関係の深いスコットランドのメアリー・オブ・ギースを毒殺。他国との協調ばかり呼びかけるウイリアム・セシルも引退させてしまう。

映画の仕上げは、ローマ教会の破門をいいわたしたエリザベスの暗殺作戦、それに続くノーフォーク卿がエリザベス1世に反旗を翻そうとする話。一味の中にはあのダドリーもいた。ここは、どちらかというとウオルシンガム卿の辣腕ぶりがめだつ。ノーフォーク卿、アルンデル卿など数々の首が無残にさらされ、敵が一掃される。

髪を切り落とし白化粧をしたエリザベス1世が、ウイリアム・セシルことバーリー卿に「私は英国と結婚した」と宣言するところでエンデイング。

監督のシェカール・カブールはインド出身、エリザベスを演じたケイト・ブランシェットがオーストラリア出身というのも面白い。ケイトは傲岸不遜だがなかなか気品のあるエリザベス1世をうまく演じている。

映画は面白く見せるために、生涯でエリザベス1世の起こったさまざまの出来事を、かなり年代を無視してつなぎ合わせ物語に仕立て上げ、その上脚色を施している。ウオルシンガム卿の就任も大分後だし、ローマ教会がエリザベス1世を破門したのは1570年、メアリー・オブ・ギースの暗殺、ダドリーの反乱などはなかった。アミー・ロブサード毒殺も謎につつまれている。しかしストーリー展開、凝った衣装、ウインザー城、エデインバラ城、ウエストミンスター寺院を髣髴させる舞台設定などを通じて当時の雰囲気をよく伝えているように思った。イギリスの興味のある人は是非ご覧を!

最後に知ったかぶり。

ローマ教会がノーフォーク卿にスコットランド女王と結婚し英国を支配するように指示している。これが問題になるのだが、ここにいうスコットランド女王はメアリー・オブ・ギースの娘、メアリー・スチュアートである。彼女は生れ落ちたときからスコットランド女王となるが、政争に巻き込まれ、ロンドン塔に幽閉され、晩年の19年を過ごしたのち、45歳で処刑される。彼女がどこに埋葬されているか知っていますか。

シュテファン・ツヴァイクの「メリー・スチュアート」によれば、実はウエストミンスター寺院でエリザベス1世のごく近くに埋葬されている。

エリザベス1世は、ヴァージン・クイーンの名のとおり、世継ぎがいなかったため、その死後、チューダー朝は終焉をむかえた。メアリー・スチュアートの息子でスコットランド王ジェームス6世がジェームス1世として即位し、スコットランドとイングランドの統一が果たされ、スチュアート朝が始まった。ジェームス1世が、母の遺体をピータバロの墓地から、ウエストミンスター寺院納骨室にうつしたのである。

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