1705「鎌倉の標高147m六国見山を征服」(12月4日(火)晴れ)
高等学校同期の山登りの会。
「私がお天気したのよ、私は晴れ女。でも昨日は本当にこれまでかと思ったわ。だって天気予報は雨になるだの雷が鳴るだの・・・・。」
本当に幹事aさんの魅力につられて太陽が顔を出したかもしれぬ。北鎌倉駅。ザックに傘を入れてきたのに8割青空の良い天気。
住宅街を結構登ってゆくと、やっと山道。しかし会談になっているから息は切れるが登りやすい。やっと六国見山。と言っても標高147m。
鎌倉時代であろうか、相模、武蔵、安房、上総、下総、伊豆の六国が見えたから六国見山と名づけられた。しかしかすんでそこまでは見えぬ気がする。反対側に住宅街と相模湾の向こうに遠くランドマークタワーとインターコンチネンタルホテル、この方が分かりやすい。明治になって建てられた浅間大神の石碑が建っている。「30分休憩、弁当を持ってきた人は食べてください。」えっ、住宅街の裏山に登るのに何も持ってこなかったよ。と私。それでもやさしい女性参加者が配ってくれたお菓子で小腹の用は足りる。
登りは力に任せたが下りはきつい。こんなところで倒れて足をくじくなどしたら大変と慎重にあるく。後ろに誰が付いているかわからぬが、遅い私を追い抜かぬよう気を使ってくれるところがうれしい。途中で一度今泉の住宅街に降りる。東急が開発したとかで一つ一つがだいぶ広い。
公園から再び覚園寺に向かう山道に入る。やがて建長寺から瑞泉寺に向かう天園ハイキングコースにぶつかり、越えてゆく。瑞泉寺には何度か行ったことがある。水仙や梅の美しい寺だ。ほぼその帰り道に行きあたる。
鎌倉宮、鶴ケ丘八幡宮、b君はいづれも帽子を取り手を合わせている。神様に敬意を払うのは当然だ、という事らしい。大分疲れてきた。噂では7,8キロとか言っていたが、もっとありそう。歩数計はすでに20000歩を超えている。朝、荻窪まで歩いたので、それらを差し引いても15000歩、歩幅が少なくなっており60センチと勘定しても9キロ!
鎌倉駅前の「仕立て屋」という総菜や。「無事に帰ってこられたぞ!」と雄たけびを上げたい気分!
席に着くと、「とにかく生ビール!」・・・・・これがうまいんだなあ。乾杯、乾杯!!冒頭のaさんの指名で次々近況だの感想だの述べる。奥さんの体調が悪いらしいc君「今、カミサンに倒れられると困るんだよ。俺、なんにもできない物!」半分泣き声みたい・・・・・しっかりしろよ。みんなそういう連中。飯くらい自分で作れるだろうと、カミサンに先立たれ20年独身生活の私。
dさんがパーテイにだけ駆けつけてきた。体調が悪くて来られぬところであった、という。ほかにもいろいろ体の事情、家庭の事情をいう者がいた。
最後にe君と私の番。
e君は「僕の顔を見て何か気づかぬか?そう、眼鏡がないだろう。白内障の手術をしてよく見えぬ。ゴルフの球がどこへ飛んでいったかわからぬ。」
すると一人が「手術をするときに遠くを見えるようにするか、近くを見えるようにするか、という問題がある。私は遠くを見えるようにしたが失敗であった。日常の生活では断然近くを見ることが多い。」何だかまた病気の講演会になってきた。
最後にやっと私にオハチが回ってきた。考えた末、これが現在の心境とまた詩吟。あの春簾雨窓。但しうなってばかりでは興趣をそぐと一節づつ区切って吟じ、解説を入れた。
「春は自ずから往来し、人は送迎す」
・・・時間がたてば春は自然にやってくる。人と別れ、新しい人と接するはこの世の常
「愛憎何事ぞ陰晴を惜しむ。」
・・・愛する、憎む、どうしてそんなに感情を催すのか。自然の摂理だ。
「花を落とすの雨はこれ花を催すの雨」
「一様の檐声前後の情」
・・・軒に雨がぽつりぽつりと同じような音を立てている。この音に複雑な事情が込められているように感じる。
めずらしく一部に「なかなかうまい。」「人には隠れた才能があるものだ。」などの声が聞こえた。普段けなされてばかりの私としては大変うれしかった。
f君たちと一緒に帰った。
「体力も落ちてきた。私とカミサンは幸い健康、楽しく自分なりの生活で生きてゆきたいと考えている。それにしても学校時代の友達は利害がからまずなんて楽しいのだろう。」
そんなことを言っていた、私もほぼ同感。
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