1718「詩吟、わが流派の新年会」(23日(日)晴れ)

 

友人はキリスト教徒だが、必ずしもキリスト教の主張を正しいと信じているわけではない。しかし彼女はそれなりに熱心に教会の活動を行っている。また別の友人は学生時代から左翼の闘士であった。彼女は今でも政治議論を行い、該当でアジビラまがいのものを配ったりしているようだ。

それらをけなす言葉も時々聞く。しかしこの歳になると、それを除いたら彼女たちに何が残るのだろう、という気もしないでもない。年寄りはしょせん暇になるのだ。

私の趣味もその部類。一つの趣味に没頭するという事は一つの世界を持つという事、一つの人間関係を持つという事、それがプラスになるかまい意味がないかはわが身に当てはめて考えるべきなのだろう。

詩吟「わが流派」の「新春の集い」が、桜田門にある法曹会館で行われた。

メンバーのほか多くの来賓も駆けつけ、六、七十名、なかなか盛大な式である。

全員で平常心を吟じ、宗家挨拶ののちまずは免状授与。

12月に昇伝試験が行われ、私は準皆伝という事になった。私ももう練習し始めて78年という事になるのか。毎年ところてんみたいに押し出されて今日に至っている。某先生が「今年も忖度はなかったようだ。」とささやく声を聞こえた。つまり、上手下手に関係なく昇段させたという事かもしれない。

私の名前に現在「翠」という字が使われている。皆伝になると「穂」という字に変わる。詩吟をやってそれなりに良かったと感じ、ありがたい人間関係を気づけたと感じている。今更詩吟の世界で活躍でもないが、せめてこの字を得るまでは頑張りたい。

個人吟詠、私は「海南行」を吟じる。最近毎日1回は吟じるようにしている。「人生50年功無きを恥ず」・・・・第一節を吟じるのがどうも恥ずかしい。私も、もちろん功なく77歳だ!私と違って関西の友人は転句の「満室の蒼蠅掃えども去りがたし」が好きだ、と言っていた。人は時々世間に「うるさい、黙れ!」と叫びたくなる。

しかしこの吟は有名な曲ゆえ、みな知っている、アラも見つかりやすくかえって大変!事前に先生にご指導いただいた点に留意しながら、それなりに吟じられた気がした。

私のほかに、a氏の「雪梅」はなかなか元気がよく、bさんの「花を惜しむ」は高音がきれいと感じた。ただほかの多くの、初めて間もない人はまだ腹から出ていない人が多いようにも感じた

私と同じ吟題を皆伝のc氏が吟じておられて、情感を上手にだしていると感心した。

遅れてきたd氏が「城山」、もう何歳になられるのか。杖を突いて登城。頑張るなあ。「秋風、骨をうずむ、故郷の山」・・・去年大河ドラマ「西郷(せご)どん」を見たけれども、西郷隆盛は結局は薩摩の人であったと感じる。

剣舞や舞踊があったのち宗範吟詠。

詩吟でも歌謡曲でもそうであろうけれども、きれいに感情込めて吟じ歌うには何度も練習し完全に内容を理解し、それが体に染みつくくらいでないといけないのだと思う。絶句をしたり、詩文を見て前を向けないようなレベルはまだまだなのだ。普段はでてきても皆の前では絶句する、これも練習不足と最近感じる。

そういう観点から考え、e先生の「風雲真田丸」は立派であると思う。いかにも勇ましい真田軍勢の勢いを感じる。

94歳のf先生が奥様と共に昨年のように「本能寺」を吟じておられた。大したものと思う。

g先生は、私が現在練習し「吟詠コンクール」で吟じようとしている「春簾雨窓」。転句の「花を落とすの雨はこれ」というところ、二つに切って吟じられていたが、こういう吟じ方もあると感心した。

最後に最後に宗家吟詠。h先生。「楠公子に訣るるの図に題す」、先生は長いこと高い音に挑戦されていた様子だがずいぶんお上手になられたように思う。

これで終了となってようやくフランス料理の会食。ついで話の旨いj氏の司会で余興、私は何か旅のことを話せと言われてまごついた。6月に行くと敦煌旅行の話を少し。

カラオケが始まる。しかしそのうち曲の準備がないのかオケなしのカラオケ。最後はみんなで炭坑節になった。これはみんなで踊りまではじめなかなか盛り上がった。

一つ意見、こういう会場はなぜテレビ位置いておかないのかと思う。そうして置けば最近の物はYOUTUBEを通して大抵のカラオケは伴奏もバックの絵もでてくる。

私は皆から酒を注がれて少々酔っ払ってしまった。80歳を超えお色気たっぷり、今日もひばりの歌に合わせた舞踊を披露してくれたkさんから「おぬし、弱いのう・・・・」参った、参った。

3時ころ解散。ふらふらと丸ノ内線一直線で帰る。

 

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