1720「飲み会、年号表記の問題」(2月8日(金)晴れ)
夜、高円寺でいつもの高校同期飲み会。a君の意見。
平成が終わり元号が変わろうとしている。ところが先日a君が運転免許の更新に行ったところ、有効期限が平成33年*月となっていたという。「平成33年なんてありえないじゃないか。」と抗議したところ、「規則ですから。」と言われたとか。
西暦と和暦を同時に使うとは非常に不便だ。昭和何年といわれても国際的にはみな西暦で動いている、換算せねばならぬ、すぐにはできぬ!西暦一本に統一できないかと思う。
天皇一代につき、元号は一つ、そのお名前は本来はご逝去後おくり名としてつけるものだ、とも言っていた。なかなか該博!
しかし西暦和暦二本立ての不合理さはおっしゃる通り。ただ和暦の呼び方にはなんだか日本人の天皇制に対する思いみたいなものも凝縮されているようで捨てがたい。
日本はいうまでもなく島国である。その島国に外からいろいろな文化が入り込んできたとき、日本は自分流で改造して使いこなしていった。そしてそれをかたくなまでに踏襲している。
大体天皇制がそうだ。太平洋戦争に負けた時、西欧の民主主義という考えを生かしながら、古来の天皇制も生かすということで象徴天皇制という独特の形式を作り上げた。もっともそのおかげで憲法と皇室典範の矛盾に悩んでいるが・・・・。
万世一系という。しかし戦後の民主主義は家制度を廃し、夫婦間の平等を訴えた。万世一系なんて意味がないじゃないか、というのも一つの見方かもしれぬ。しかし日本ではこれでいいんだ、天皇家は男系で継がれるものだとなっている!
表記の仕方について考えてみる。
紀元300年ころのことであろうか。日本に中国から漢字が入ってきた。中国は西晋か東晋の時代か。日本人はこれは便利、これからはこれでなくてはいかん、と考えたに違いない。しかし今まで使っていた日本人固有の言葉との整合をどうするか。
万葉集を読むとその葛藤がよくわかる。
漢字文化は次第に日本に定着していったが、お役人用、カタカナとひらがな、が作られた。前者は漢文を読むため、後者は漢字をわからぬ女性が文字を書くため・・・。900年ころには漢字文、それをおぎなうカタカナ、そしてそこから分離した感じのひらがな三本立ての文字が成立した。一方で日本は中国から学びつくしたとばかり、遣唐使を廃止し、日本独自の道を歩み始める。
さらに時代を経て、ひらがなだけの女性専用文化は消え去り、漢字かな交じり文が成立し、こちらが男にも女にも広く利用されるようになった。
明治になって縦書き漢字かな交じり文で日本の国語が統一された。
しかしあの敗戦、今度は本格的に横書きの英語等が入ってきた。記述の上でどう調整するべきか。
現代は今までの縦書きと横書きをどう使いこなすかで悩んでいる時代にも見える。
新聞は横書きでタイトルを書き、文章は横書きである。書籍も縦書き横書きを適当に使い分けている。ここは詳しくは知らぬが、どうも中国は横書き主流に変わってきているらしい。この前中国で売られている小学生?の副読本としての「大学・中庸」を買ってきた。全部横書きである。もっとも一方で習字教育は盛んなようでそちらは相変わらず縦書きのようだが・・・・。年号はもちろん王朝の崩壊とともにあちらでは消えていったに違いない。
日本の年号の呼び方、書き方も、縦書き、横書きという視点から考えるといいのではないか。そして一、ニ、三などの漢字表記と、1,2,3などの西洋式表記の問題と似ている。
前者を横書きに、後者を縦書きに書く、どちらも実にマッチングが悪い。しかし、しかしである。なんとなく日本人はうまくミックスして使いこなしている。これはこれ、あれはあれ、と考えているのか。他人から見ればずいぶん器用と思われるかもしれぬが・・・・。
徐々に使いこなして、その時代に応じてゆっくりと変えていけばいいのだと思う。
a君によれば新聞は年号を、元号を書き括弧書きで西暦を書いた、という。しかし次第に逆にしてきているという。・・・・縦書きの文章の中ではどういう表記をしているのだろう。
ただ公文書などの元号表記に限れば、やはりやめにすべきだろう。平成33年はどう考えたっておかしい!
註 ご意見をお待ちしています。
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