1731「結婚式披露宴に呼ばれる」(3月31日(日)晴れ)
うれしいことにこんな年寄りも結婚式披露宴に呼ばれる機会があった。
・・・・・・・前回のエイプリルフールのエッセイは失礼しました。今日は本当の話!
20年くらい前にイギリスチェスターにある、シェルのソントン研究所に会社から2年派遣されていた。
そのころのグループの交際が今でも続いている。
そのころ、シェル側のaさんという方に大変お世話になった。
aさんはその後他界されたが、今日はその息子さんの結婚式。
久しぶりの結婚式参列、白いネクタイが汚れていることに気が付き、慌てて洋服屋に寄った。
明治記念館。1947年憲法記念館を「明治記念館」として開館したもの、明治神宮の一画、JR信濃町近く。さすがに格式高く立派。100名近くが参加。
早めに行って待合室でジュースを飲んでいるとb君夫妻が現れた。奥さんはチェスター会でお見受けする程度であったが、なかなか素敵な方。b君が竹中工務店に勤めているとか。この前宝塚に住む次女のところに行った折、新神戸駅前にある「竹中大工工具館」に寄ったときの話など。
さて本日の新郎は現在オランダアムステルダムに住み、キャノンに勤め、ヨーロッパでの営業に従事している。もう33歳とかすっかりビジネスマンとしての自信と風貌を備えてきている。
新婦はそちらで知り合った新潟県長岡出身の女性。そういえばこの前のチェスター会で新郎が長岡に行き、向こうのお父さんとおいしい酒を飲んだというような話をしていたことを思い出す。
明治記念館はよい庭を持っている。人工芝らしい庭に下り立ちグループごとに分かれて記念撮影。チェスラーグループは人数多く、一大勢力?それにしても天気が良くてよかった。
屋内に戻り、披露宴の始まり。新婦は少々硬い表情だが、新郎は実に嬉しそう・・・・。
新婦主賓の方の演説が興味深かった。「円満な家庭を築きたければ、相手の両親を大切にしろ!」
最近の結婚は本人の意思優先。それはそれでいいのだけれど、考えてみれば生まれも育ちも違う二人が一緒に生活する。まして親兄弟は、ある日突然に関係者になるのだから戸惑うのは当然。一方で人間は、周囲の影響でどうにでも変わってしまう。そこに時折齟齬が起きるのは当たり前。そんな時、周囲がどう判断するかが夫婦生活に大きな影響を与える。だから自分たちの結婚生活をうまくやってゆくには、親を大事にしろ・・・・・、当然のことだ。
わたしの席はチェスター会のマドンナ、c夫人の隣で会った。
ご主人がお医者さんで、チェスターで世話になった。一緒にマージャンやゴルフをやった。ご一家は今ではウインブルトンに住み、ロンドンで開業されている。
5年くらい前であったか、上のお嬢さんがロンドンで結婚式を挙げられ、私も参加した。
気配りの良くできる人だが、一見開け広げで豪快に見える。お酒もぐいぐい。
「日本酒が大好き、大吟醸がいい。」と今日も周囲の話の主役。
c夫人は事前のメールで「私がc家を代表して参加」と思っていたが、お嬢さんが来ていた。しかも背の高い格好いい男性と…‥。
聞けばお二人は婚約しており、来年結婚されるとか・・・・。男性はヴェトナム出身だが、子供のころからノルウエーで育ったとか。何かビジネスをしておられるらしい。お二人のロマンスの経緯は聞きそびれたが、いずれはイギリスに住まわれるのか・・・・。
彼女は医学の研修をイギリスで行い、そのあとタイで3週間研修、さらに昨日到着し、これから日本で研修2週間という。お忙しくて結構。ただしタイ研修の間にチェンマイ、ブーケット島、日本では1週間沖縄に行く、というからどのくらい研修をされているのかは?とにかく幸せそうだ。
その彼に「チェスターに行ったことがあるか。」と聞くと「ない、君はまたゆきたいのか。」私は「機会があればぜひ行きたい。しかし私は墓場まであと10年か20年、わからぬ。」と言ったら大笑いになった。久しぶりに英語を話す機会、通じたのは彼がネイテイブではなかったからか・・・・・。式に来てください、と言われた。しかしそのころまで海外に一人でゆく元気が残っているかどうか・・・・・。
主役のお色直し、ケーキカット、式は順調に進んでゆく。お互いくちをあーんと開いてケーキを食べさせる様子は大変結構。
私は、残念ながら50年以上前にたった一回経験しただけ・・・・。
結婚式は少し派手なくらいがいい。伝統のある豪華なところがいい。わずかのご祝儀を持参したが、こういう金は気分良く出せる。この頃は香典ばかりだ、など下らぬことを考えながら、4時過ぎ、酒の酔いにふらふらしながら帰路につく。幸せになれよ!
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