1733「暗闇ですること」(4月14日(日)晴れ)
「いにしえにありて、いまはなきもの。暗闇」
清少納言が現代によみがえったとすれば、こんな風に書いたかもしれぬ。
さて本題。今日は古文書研究会。
井原西鶴の世間胸算用巻四第一話「闇の世の悪口」。いつものようにa氏がよく内容を調べてきてくれている。前半に京都東山区の八坂神社でおこなわれる暮れから正月にかけての神事「削りかけの神事」が紹介されている。
元旦0時になると神前以外の明かりはすべて消され、参詣人は闇の中でお互いの悪口を言いあう。これに言い勝つと1年間吉兆に恵まれるという。
この火で神官は元旦の供物を用意する。参拝人はこれを火種に移して自宅まで持ち帰り、御神燈をつけたり雑煮を煮るための火種とする・・・・・・。
さてこの悪口、本文にあるもの
「おのれはな、三が日のうちにもちがのどに詰まって、鳥部野へ葬られんだぞ。」
「おのれはな、人売りの請け人でな。人売りと同罪で、粟田口の刑場へ、ひきまわしの馬に乗ってゆくんだぞ。」
「おのれの女房はな、元日に気がくるって、子供を井戸に投げ込むぞ」
「おのれはな、地獄から火の車で連れに来てな、鬼の香の物になるんだぞ。」
「おのれが弟はな、詐欺師が手下じゃ」
「おのれが姉は、下帯もせずに味噌買いに行って、道で転んでいたんだぞ。」
ほかにもあるが省略、よくもまあ、聞き集めたものと感心する。
考えてみればずいぶんたわいない悪口。社会にはもっともっと陰湿な悪口が蔓延しているとも感じる。一方でこのような状況に置かれたとしたら、自分はどういう悪口をついてみるだろうとも考える。悪口はまた嘘と似たようなところがあり、豊かな想像力を必要とする。
関東にもこの暗闇を利用した祭りがあった。東京都府中市の大國魂神社で毎年開催されるお祭りで、1000年以上の歴史がある。東京都指定の無形民俗文化財にも指定されている。Webに合ったあるサイトを引用すると(HOLISTIC STYLE BOOK)
「「くらやみ祭り」の名前は、メインでの神輿の渡御の時、昔は「神様の姿を人間が直接見ることはタブー」だったので、街中の明かりを消してそれらをとり行ったことから命名されました。真っ暗の中で開催されていた江戸時代においては、男女無礼講の出会いの場ともなった奇祭でした。当時、男女の無礼講を含む祭りは、子孫反映という理由から、日本各地に存在していて、少子化や廃村から守るという意味もあったそうです。」
そうか、これを復活させれば日本の人口減少にも歯止めがかかる?
残念ながら「戦後はそのような行為が禁止され、現在では提灯の明かりが灯されたみこし・屋台中心の祭りとなっています。」
今日の参加者は6人であった。女性3人が帰り、男三人でいつものように酒屋に。男三人、暗闇について出る話といえば・・・・・・。昔は日比谷公園、皇居前広場、近くの公園だっていろいろ暗闇があったけれども今はどうなっていることやら・・・・・。「明かりを消して・・・・。」と女性に言われたのはもう何十年前の事か。
試みに暗闇、という言葉をさらにインターネットで検索(WONDERJAPANエッセイ)。
「耳なし芳一に登場する平家怨霊の闇。モノノケたちが跋扈する「百鬼夜行絵巻」に描かれている平安京の闇。江戸の闇に絢爛たる花を咲かせた吉原の花魁。さらに華麗な隅田川の花火。日本の夜の闇は、様々な文化の母体であったのだ。さらに、失明の琵琶法師たちが、光のない世界から独自の文化を育てていったのだ。 ・・・・・」
そして怪談を見るのはいかが、と勧めている。闇を一番手っ取り早く感じる方法か?しかしうまいことをいうなあ。ほかにも現代ではなくなってしまった暗闇を逆手にとったものが散見された。
*暗闇でお習字を書く。
*GACKTが暗闇で食事。五感で味を感じるというわけだ。
*RIZAPは暗闇ジムをオープンしている。
しかし現実暗闇がなくなって、大いに迷惑することもある。荻窪駅から我が家に良い気分になってふらふらと歩いて帰る。30分弱。しかし突然沸き起こる尿意。年を取るとだんだんトイレが近くなることはわかっている。しかし尿もれパッドをつけるにはプライドが高すぎる。途中にある喫茶や公会堂はもう過ぎてしまった。どんどん尿意は高まる!どうしよう。どこかに暗闇はないか、くそっ、こんな路地まで街灯をつけなくてもよかろうが・・・・・。うーん、うーん。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail address agatha@ivory.plala.or.jp