1746「アパートと高齢者」(77()小雨)

 

aさん夫婦が私たち、そのころは父のアパートに入ってこられたのは19998月であった。

広いキッチンがついているが62間。

ご主人は1919年生まれ、奥様は1924年生まれ。

ご主人の会社が倒産され、ここに住みたいということであった。

そのため、会社の書類を保管しておくために庭に小さな物置を置かせてくれというのでもめた。

契約書が残っている。

2000年に父が他界し、アパートは私が弟と共同で継ぐことになった。

その後ご夫婦寄り添うように生活しておられたが、2010年ころご主人が亡くなった、と聞かされた。

数年前に奥様が「夜中に知らない人が家に入ってくる。」など訴えてきた。親族の人たちとも話したが結局aさんの妄想と分かった。

友人などからの情報もいろいろ。

「火の始末が一番問題だ。火事になったらどうする?」

「あるとき突然亡くなったらどうなる。後の始末は大変だぞ。体液がしみだして始末に負えない。部屋も死人の出た部屋ということで貸せなくなる。」

aさんの御親族が集まって協議した結果、「台所は電気調理器に変える。食事は時々届けてもらうようにする。ヘルパーにも定期的に来てもらうようにする。SECOMと契約して万が一の時は来てもらうようにする。それゆえ何とかしばらくここに置いてくれ。」

結局受け入れざるを得ない。私としてもあまり非人情なことはできぬ。

その後、時折ヘルパーの女性らしき人や社会福祉協会の人たちが出入りしている様子であった。

食事は大半御自分で作り、ゴミ出しなどもよたよたとされている姿を見かけた。

昨年65歳くらいであるが、もともとが身体不自由で、動きのおかしいbさんに出て行ってもらった。移転先はここでも紹介した川口の軽費老人ホーム。

私はaさんももう94歳、不動産屋とも相談し、こちらの事情なども書いて文書で出ていってほしいっと申し入れた。引っ越し費用も上限を決めて負担するとした。

実はアパートは客の募集も大変だが、それ以上に大変なのが困った客に出て行ってもらうこと。法律など振りかざされぬよう、相手をうまく説得せねばならぬ。

今回は今まで没交渉であった弟さんという人が出てきた。彼はこちらの状況を理解し、ご迷惑をかけている、必ず対処するとしてくれた。先方も理解してくれてようやく今日を迎えた。

結局aさんは弟さんの住んでおられる川口市近く、鳩ケ谷の老人ホームに移られるとのことだ。

私が中国旅行から帰ったころに出て行ったらしい。

弟さんご夫婦は不動産業をいとなんでいるとのこと、私たちの工務店のことも調べていた。

ご主人は私より少し上くらいに見える人の好さそうな老人。

昨日その弟さんの指揮で、トラックとかたずけ部隊がきて家をからにした。鍵も返還された。

そのカギを使って中に入ってみる。壁も床も天井も痛みが激しい。

畳にも穴が開いている。エアコンは動かなくなっている。システムキッチン?も老朽化し、ところどころテープなど張って使っている状況。それでも風呂場とトイレは比較的きれいだ。

人が20年以上も生活していれば、部屋はどうなるのか、それを知らされた思い。

この部屋をどう修復すべきか。また貸すとすれば畳の部屋二つは、このさい洋間にせねばなるまい。

風呂はバランス釜だがどうしたものか。いろいろ悩む。

同時に一人になった場合の老後をどう考えるか、考えさせているようにも見える。

老後は、結局は金と身内が頼り・・・・日本の現状ではそういうことになるのか。

aさんの場合にはまだ弟さんや妹さんがいたからよかった、といえる。そして何よりあのお年で一応健康の様子、とてもしっかりしてぼけてもいなかったことが素晴らしかった。

金も少し余裕があったのだろう。aさんが移ったのがここでもいつか紹介したあのbさんが引っ越した軽費老人ホームなのかどうかは知らぬ。

最後に私としては、一つの懸案事項が解決し目の前が開けた感じ。実はこのアパートは父親が定年後の収入を得るために建てたもので、すでに築50年くらいになる。バランス釜の風呂、外置きの洗濯機、みな時代遅れで建て替えを考えていたが、aさんが出るまでは、そのままにしていたのだ。

 

註 ご意見をお待ちしています。

e-mail address   agatha@ivory.plala.or.jp

ホームページ    http://www4.plala.or.jp/agatha/