1752「また広島原爆の日」(8月6日(火)晴れ)
いつものようにパソコンを立ち上げるとYahooの政治欄。
主要な記事の10近くタイトルが出てくるのだが、その中に広島の広島原爆の日の記事がない。
脇に灯篭流しをしている写真はあったが・・・・・。
新聞のこれについての記事もあまり多くないように感じる。
結局あれから74年、少しづつ風化されてきているということか。
もっともあの経験と、そこから発信された核廃絶運動が大きな効果を上げていることは事実と思う。
あれから多くの争いがあった。
冷戦は言うに及ばずIS問題等々。
しかし頭に来たに違いない、指導者たちも核兵器に手を出そうとしなかった。
70年以上・・・・・それだけ時間があるのだから多くの進歩があった。
しかし私はその中で何が一番大きかったかといえば情報技術の進展ではないかと思う。
今では地球の裏側で起こっていることまでリアルタイムで分かってしまう。
昔は1部の知る民と、ほとんどの知らない民があった。
だから前者が後者を教えて社会を動かした。
政治も経済も・・・・・・、そしてそこに権威というやつが生まれた。
それが今ではみんなわかってしまう。
いいことなのか、悪いことなのか・・・・・。
しかしおかげで核について言うなら
「あれはどんなことがあっても使ってはいけない。」という共通認識ができたのかもしれない。
「社会は平均的な人たちで成り立ち、その人たちは学ぶ。しかし時間がかかる。」
私はそんな風に感じる。
「何も徳川が偉いのではないのだ。それなら天皇を担いだ方がいい。」
「日本が休んでいる間に西洋はこんなに進歩してしまった。」
こんなところから人々の共通の意識が明治維新を起こした。
そして周囲を見回すと、先進国は後進国を植民地にして文化的な生活を送っている。
あれを真似しよう。そのためには力だ、富国強兵だ。
頑張って、中国に、ロシアに勝ち、さらに第一次大戦では漁夫の利。
大いに発展した。
しかしどういうわけか、自分たちと同じことをして追ってくる日本を西欧各国は嫌った。
そしてその結果が太平洋戦争につながったと言えまいか。日本はやっと
「民主主義とかいうシステムがいいらしい。日本を立て直さねばならぬ。」
そのような共通認識が、明治維新の時のように国民の間に生まれた。
根がまじめな日本人、強い日本を再生させた。
その流れは日本国民が体験しながら学んでいった、その帰結ともいえる。
人々が徳川の世からこの帰結に到達するために150年かかった、ともいえる。
たいていの人は自分の頭の上の蠅を追うことにきゅうきゅうとしている。
天下国家を論じる人もまず考えているのは自分の事だ。
トランプも文在民も習近平も・・・・・。
それを根に持ちながら、自分一人では思う通りにできぬ、世の中を動かさねばと考えるのが政治家であり、革命家であるのかもしれない。
そしてそう考える人間も、政治に動かされる人間も、頭の構造というところではあまり変わらぬと思う。
言ってみれば政治家や革命家はおせっかいなのかもしれぬ。
しかし世の中はおせっかいで動いてゆき、大衆はその影響を受けるからバカにはできぬ。
鈍牛がおせっかいどもに引きづりまわされ今日までやってきた・・・・・・。
原爆を落とされ、親兄弟、あるいは親戚、知人を失った者たちの悲しい願いが、鈍牛にこれまで核を使おうという気持ちを起こさせなかった・・・・・。
あの体験が次第に私は薄れてゆく社会、一方で情報技術の進展の中であけすけになりすぎ世界、そういう中で核兵器の廃絶を訴え続けることはこれからも意味を持つのだろう・・・・。その100パーセント達成は現実的には無理であろうとも・・・・・。
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