178「木槿の話」(7月15日 曇り)

玄関脇の木槿(むくげ)が薄紫の花をつけ始めた。白い方は少し遅れて咲く、と人が教えてくれた。

木槿は、あわせて3本あった。春ころ植木屋に「どれがどういう花が咲くか分からなくなった。」と聞いたが、植木屋も葉と幹の色だけでは分からぬらしい。「これとこれは近くにあるから同じでしょう。」というから、そういわれた1本を切ってしまった。

アオイ科で、ハイビスカス、芙蓉の仲間。江戸時代から栽培されていた。

「生垣などによく植えられる。よく分枝して高さ3-4メートルになる。葉は互生し、長さ4-10センチの卵形で、ふちに鋸歯がある。7-10月、枝先の葉腋に6-10センチの花を開く。花は1日花で、普通は紅紫色だが、白花や八重咲など多くの園芸品種がある。花弁は5個。多数のおしべは合着して筒状になる。朔果は直径約2.5センチの球形で、熟すと5烈して長い毛のある種子を多数だす。分布=中国原産(山と渓谷社「日本の樹木」)

木槿は夏には貴重な茶花である。白く真ん中の底紅が美しい花は、千宗旦が好んだので宗旦槿という。我が家の白い方のがそうかもしれない。半八重で白い木槿でしべの深いものを京都・祇園祭にちなんで祇園守という。近くの公園に赤い木槿が咲いているがこの変種かも知れぬ。

アサガオの名は古くは桔梗であって、後に木槿、今は朝顔に変わってきている。

秋の七草の古歌 

はぎおばな くずなでしこ おみなえし ふじばかままた あさがおのはな

この時のあさがおは、桔梗をさしている。木槿が何時ごろ日本に入ってきたか、また自生していたかどうかははっきりしない。

千利休が秀吉のために催した茶会に有名な「朝顔の茶会」がある。ただ一輪の朝顔の花を残して庭の朝顔をすべて摘んでしまったのである。定かではないが、このころ鉢植えの朝顔は「つる朝顔」と呼ばれ、このときの朝顔は木槿だったという説がある。

江戸時代になると、中期に木槿の異常なほどのブームがおこり、数多くの園芸品種が創り出され、その名残が、寺社や旧家の庭先などに今でも見かける事が出来る。

道の辺の むくげは馬に 喰われけり

これは芭蕉が小夜の中山を通ったときにうたった有名な句である。

「槿花一朝の夢」という言葉がある。1日花であることを端的にいいあらわしているが、水揚げも悪く、花展などではあまり好んで使われない。切った先を一度焼き、水につけると水揚げがよくなるとのことである。しかし木としては丈夫な木で、冬刈り込みを強くするほど次の年よく花が咲いてくれるし、少々切花に使っても木はいたまない。

挿し木で簡単に増やせるらしい。あるサイトによれば「夏の暑い時期が一番活着しやすい。10センチほどに切って、鹿沼土か赤玉土にさす。水を切らさないように、はじめのうちは植木鉢の下に受け皿を敷き水をためてやると葉がしおれずに活着する。翌年には花が見られるが、1年目は花を咲かさずに成長を重視したほうがよい。」

また木槿は韓国の国花で、国歌にも「むくげの花、何千もの美しい山河の地よ 民と共に永久に栄えよ」と読み込まれている。

追加

庭の薄紫色の木槿の枝を切ってきて玄関に飾った。最初に咲いていた上のものは翌日にはしぼみ、下のほうのものが咲いた。それも翌日にしぼみ、さらに翌日中央のものが咲いた。今また上の一輪が咲こうとしている。しぼんだ花は元から折れて下に落ちた。

註 ご意見をお待ちしてます。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha