久しぶりに外国の推理小説を読んだ。ヴァン・ダイン「カブト虫殺人事件」THE SCARAB MUDERE CASE 1930年の作品である。
中島河太郎「推理小説展望」によると、ヴァン・ダインは本名ウイラード・ハンチントン・ライト、1888年ヴァージニア州チャーロッツヴィル生まれ、ハーヴァード大学で英語学などを学ぶ傍ら、人類学と考古学に優れていたので褒章給費生となっている。1907年、ロスアンゼルスタイムスの文芸批評担当者となったことをきっかけに、いくつかの著作を著したが、売れ行きは思わしくなかった。しかし1926年にヴァン・ダインの名で「ベンスン殺人事件」を発表したところ、大ヒットした。続いて「カナリヤ殺人事件」、「グリーン家殺人事件」、「僧正殺人事件」を表し、1930年に5作目の本作品を表した。その後「ケンネル殺人事件」を表すがこの辺までがピークであった。これらの作品についてはすでに読んでおり、私のホームページに概要を掲載してある。
彼の作品に登場する探偵はファイロ・ヴァンス。無類の博識と独特の心理分析を駆使する超人的な天才探偵である。脇役に固い考え方しか出来ぬジョン・マーカムニューヨーク郡地方検事が登場する。また作者自身を書記に設定している。
二十番街にある古代エジプト博物館内で、慈善家で美術の愛好家カイル氏の死体が発見された。エジプトの黄泉の神アスビス神にひれふすように横たわる死体のそばには、2フィートほどの黒い閃緑岩でできた復讐の神サフメット神像が横たわる。像はどうやら壁際の棚から落ちたらしく、それにあたってカイル氏はなくなったらしい。
博物館と壁一つ隔てて館長で、カイル氏から財政援助を受けながら、古代エジプト王朝の発掘調査を行っているブリス博士が住んでいた。そこには博士の美貌のエジプト人妻メリイト・アメン、家僕でメリイト・アメンを大切に思うエジプト人ハニなどが住む。そのほかにカイル氏の甥で副館長を勤める若いソルヴィター、エジプト探検の技術専門家スカーレットなどが登場する。
死体は余りにも明白すぎるほどブリス博士の犯行を示唆していた。棚にはサフメット神像が落下しやすいよう細工がしてあり、それには博士の指紋だけがついてた。そばに落ちていたスカラベのスカーフ・ピンも、落ちやすいように細工したと見られる黄色い鉛筆も博士のものだった。血の海の中の足跡は博士のスリッパの底に一致した。博士の犯行時刻、博士は記憶がないと証言し、事実博士の飲んだコーヒー茶碗からはあへんが検出されたがそのあへんは博士の手の届く範囲になった。
マーカム検事はすぐに博士を逮捕しようとする。しかしファイロ・ヴァンスはなぜか反対する。余りにも証拠がそろいすぎている!博士をすぐにも逮捕すれば犯人の思う壺になるのではないか、何か裏にある!地道に人間関係を追及し、わなを避けることによって犯人に次の手を打たせようと、ファイロ・ヴァンスは慎重に待つ・・・・。
こうして話が展開する間、読者は著者のエジプトに関する薀蓄を傾けた講義をたっぷりと聞かされることになる。マーカス検事同様、このペダントリーに抗議を申し込みたくなるかもしれないが、作品の魅力の半分はこの饒舌にある。著者は大学で学んだベースに加え、執筆に当たって専門的資料を相当にあさって造詣を深めたようだ。
久しぶりに本格派の推理小説を読んだが、やっぱり推理小説は本格派でなければ、と思う。社会派だの面白ければ何でもいいだの言う議論は、推理小説というものの面白さをごまかしてしまう。謎が提示され、それを探偵と読者が懸命になって考える、そこに面白さがある。この小説も終盤近くになって、メリイト・アメンに恋するソルヴィターあたりが犯人と思わせ、最後に逆転劇を食わせる。食わされたことに読者は妙な爽快感を覚える。
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