199「八高線で高崎へ」(9月23日 晴れ)

ラジオ体操が終って、ふと見上げると青い空にイワシ雲。もう、秋本番。どこかへ出かけてみたくなった。旅は未知の部分がないと面白くない。八高線・・・あれは全線乗った事がない。大体八王子の田舎からあの高崎まで電車が通じている事が不思議に見える!いざとなったら、一泊、それくらいの度胸をきめて出かける

八王子発10時47分。ガラガラだろう、と思ったのは甘く、やっと席を見つけられるほど。

拝島で西武線、JR五日市線との合流地点。東飯能で西武秩父線が合流。西武線の飯能はもう一つ向こうでJRとは乗り入れていない。間違えやすいのは次の高麗川も同じで、西武線の高麗は彼岸花の巾着田で知られているが、離れている。

11時31分、高麗川着。
この線は実はここで川越にむかう川越線と高崎に向かう八高線に分かれる。

普通列車の一人旅というのは駅弁が楽しみである。しかしそういうものはもうなくなったのか、それとも田舎だからなのかそんなものどころかホームに売店一つない。もうひとつ、窓が開かないのが残念。気持ちいい外の風をいれたいところなのだが・・・。

10数分の待ち合わせ。高崎行きはさすがにガラガラ。

少し薀蓄。あとで調べた話である。八高線は高崎の一つ手前倉賀野までで、92.0km、昭和6年に倉賀野―児玉間と八王子―東飯能間が開通、9年に全線開通した。SLが昭和45年に廃止され、現在八王子―高麗川間は電化され、以後はDL運転である。また昼間の高麗川―高崎間はワンマン運転である。そういえば前のドアか開けておらず、奇異に感じた。

11時54分に越生で坂戸からくる東武越生線と合流。ホームの付近案内に「太田道灌の遺跡 山吹の里」とある。あの「みのひとつだになきぞ悲しき」の現地ということか。

4人席を独り占めし、車窓にうつる景色を眺める。靴がむれるから足を前の席に投げ出すと、靴下に穴が開き親指がのぞいている。茶色い帽子と青いジャケットで決めてきたつもりだったが、これじゃ台無し、と苦笑。もっともきれいなオナゴもいないか。

人家に混じって田が目立ち、黄色い穂をたれているが、今年は冷夏で不作とか。長閑な景色が越生、明覚、小川町、竹沢と続く。

12時22分、寄居は秩父鉄道と東武東上線が合流。珍しくここにはスーパーらしきもののビルが見える。LIFEの文字が屋上に見え、少し下に華屋ビルとある。

用土、松久も何もない。この調子なら駅の壊れかかった柵から外に出てしまえば大分運賃が節約できそう?トタン屋根の小さな自転車置き場に、ぴかぴかの鍵をかけた古い黒い昔ながらの自転車がめだつ。

県境を越えて12時49分群馬藤岡。ここにはイトーヨーカ堂が出店している。おばさん二人連れがむかいの席に来た。「八高線は高崎から八王子に向かい、左側に席を取ると景色がすばらしい。」などと話している。

川を越えると倉鹿野、もうここは高崎の衛星都市のように見えた。

13時4分高崎着。結構長い2時間20分足らず。よく考えると高崎に来るには上野から来るほうが普通だ。距離はそのほうが近そうだ。値段はどうするのだろう、改札口でどちら回りで来ましたか、と聞くのだろうか、などとつまらぬ悩み。自動清算機にむかうと山手線から三鷹あたりまでは均一料金で1890円であった。

高崎・・・かっての大河内氏城下町、中山道、三国街道の宿場町として繁栄した。人口約25万人、人、物、情報が集まる商都のにぎわいは今も変わらない。

観光名所といえば白衣観音。1936年に市内の実業家が、停滞していた当時の思想界に光明を点じ、観世音菩薩の功徳を広く世に広めようと作ったとか。

昼食をとった後タクシーで駆けつける。市の南に流れる烏川を越え、観音山を登るとその頂上付近にある。41.8m、胎内くぐりも出来るとか。参道には土産物屋などがあふれ、観光客が多く訪れる一方、格好の地元のデートスポットになっているのか、若い男女があちこちでなかなかけしからん行為を繰り広げていた。このー!!私もこの旅、誰かさんと来ればよかったかな?

註 ご意見をお待ちしてます。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha