211「つーがるー、はちのーえー、おおおみなとおー・・・」(11月15日  曇り)

テレビの通信販売などほとんど利用しないが、珍しく買ってしまった。「歌王」という演歌を集めたCDセットである。

演歌のCDを買う、ということには心的な抵抗がある。私の父は、晩年クラシックだのオペラだのを愛していた。だから歌謡曲を馬鹿にしていた。私の周りを見ても、ガールフレンドのAさんをはじめ、みな知識人づらをしている。こちらからも演歌のCDなど買ったら「何とまあ、低俗な・・・・。」と軽蔑の目でみられそうだ。

選曲がなかなかうまい。巻末に発売順に曲の名前が書いてある。1946年から99年、しかし主力は60年くらいから80年くらいのものが多い。私が20歳から40歳くらいの歌・・・・つまり私が育ったまさにその時代の歌である。

私は歌は苦手である。というより音痴である。前にも書いたと思うが現役時代職場の仲間がみなカラオケ得意なので悩まされた。そこで練習するわけだが、私が始めると娘と亡くなった妻はそっと雨戸を閉めたものである。腐るから、ヌカミソは作らなかった。忘年会などで指名されると、やおらカバンの中から楽譜の入った曲のコピーを取り出し、歌うのだが、それだけ練習していても失笑をかった。

しかしその練習が私に影響を与えなかったわけではない。幾つかの曲にチャレンジし、親しくなった。おかげでこのCDに録音してある曲の多くは歌った事があるし、ほとんどがそこまで行かなくても聴いた事がある。するとやっぱり懐かしいのである。

「風雪ながれ旅」は昭和55年に発売された。津軽三味線奏者高橋竹山の自伝に触発されて星野哲郎が作詩したものである。北島三郎が吹雪を連想させる雄大なメロデイに乗せて、スケール豊かに唄っている。私はなんとなく格好よく見えて練習した。

演歌を強要されて、どうにも断りきれなくなるとこれを唄う。むろん、リズムも音程も外れている。しかし何度も唄うから、へんなクソ度胸だけはある。「つーがるー、はちのーえー、おおおみなとおー・・・。」と大得意である。あるとき友人が見かねて一緒に歌ってくれた。終って述懐した。「あれだけ自信をもって歌われると、こちらがひっぱられちゃう!」

演歌ほど日本人の心を素直にあらわしているものはいない、と思う。クラシックだのオペラだのには、そう言ったものがない。「歌は世につれ、世は歌につれ。」というがその時代を実によく表している。聞きながらその時代を自分に重ね合わせながら思い出す。

「上海帰りのリル」が出てきた。

「船を見つめていた ハマのキャバレーにいた 風の噂はリル 上海帰りのリル・・・」

解説によると、戦時中南方に従軍し、異国情緒を抱えて帰国した男が、何気なく戦争を舞台にした悲哀映画を見た。その映画と、自らの戦争体験と、デイックミネの外国曲「上海リル」とが結びついてこの詞がうまれた。歌った津村謙は 古賀政男門下生、デビューしたもののさっぱり芽がでなかったが、大ヒットした。芸名は当時の人気映画「愛染かつら」の主人公津村浩三とこの役を演じた上原謙をあわせてつけた。

このレコードは昭和26年に発売された。小学校5年か6年のころ、昼ののど自慢などでよく流れていたのを思い出す。子どもであるからこの歌の背景など考えることなく、ただ見たこともない上海という言葉とリルに興味を覚えた。

このころまで日本は惨憺たる有様で、大陸から多くの人が引き上げてくるなどした。「かえり船」「異国の丘」などもこのころの歌だ。「モンテンルパの夜はふけて」という曲も思い出にのこっているが収録されていなかった。

夕方7時ころ持ってきたが、私は床につくまでCDをならしっぱなしにした。「どうもおれは親父のような「高級な」人間にはなれんなあ。」と苦笑する。

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