217「スミソン氏の遺骨」(12月7日 晴)

リチャード・T・コンロイという人の書いた推理小説を読んでいる。彼の作品は4つほどあり、そのうち3つが日本で訳されているらしい。
インド展の憂鬱  The Indian Exhibition(1992)
スミソン氏の遺骨 Mr. Smithon’s Bones(1993)
一寸の虫にも死者の魂 Old ways in the New World(1994)

いづれも主人公はヘンリースラッグズ、スミソニアン博物館渉外業務室職員という設定。国務省から出向して半年、出世の道もみえぬまま、日々、海外からの来賓や職員のパスポート問題に振り回されている。そんな彼に襲い掛かる数々の難事件・・・・。

個々の作品の解説はホームページに譲るとして、面白いと思ったのはこの作品の「軽さ」である。「一寸の虫にも死者の魂」にある我孫子武丸の解説によれば
「主人公を筆頭に、ほとんど全員が感情を表す事がない。殺人が起きようが容疑者扱いされようが淡々と日々の日課(階段の数を数えたり、女性の尻に見とれたり)をこなし、予算の獲得や取り上げられそうなビザといった当面の(彼らにとって)より重要な問題に頭を悩ませ、隙あらば魅力的な女性を昼食に誘い、ベッドインできないものかと戦略を立てている。」

著者の経歴は「スミソン氏の遺骨」巻末の訳者あとがきによれば
「1927年のテキサス州生まれ、州の社会保障局やオークリッジの原子力研究所に勤めた後、1956年から15年間チューリッヒ、ベリーズ、ウイーンなどの領事館に勤務した。帰国後、原子力委員会と国務省の連絡担当者などを経て、スミソニアンで働くようになった。交換教授や海外での学術研究に関する国際業務を担当した後、88年に退職、小説を書き始めた。」

小説の主人公と重なっており、「インテリでそれなりのコースながら決して主流にはなれなかった平均的なサラリーマン」の道を歩み、心に満たされぬものを持ちながら退職し、小説家に転向した。しかしどこもいそうなタイプ?その彼が65歳から67歳にかけて往時を振り返りながら書いた作品故に、シニカルながら目線が我々とあっている?
スミソニアン協会もコケにされたもの・・・・しかし人物も事件もデフォルメ化され、カリカチュアライズされているにもかかわらず、その官僚システムの暴露本的なデイテイル解説が妙なレアリテイを生み出している。

読みながらふと思った。
スミソニアン協会は、金は組織外から流入を保証されている。一種治外法権的な組織になっており、上下の関係があまり強くない、協会の責任がそれほど明確でない、個々人が専門分野を持っている、個人の立場が尊重されている、外部出向者が多い等など。結果として無責任、自己利益優先の組織を生み出し、仮に賄賂等の横行する汚染組織にならぬまでも民間では考えられないものになってしまう!
しかしこのような特色を持った組織は意外に世の中に多いように思う。官庁や特殊法人などもそうだが、国際連合などもこの傾向が強いのではないか、と考える。いつかアフガニスタンの復興問題で、日本からボランテイア的に働いている医師が国際連合をそのような観点から批判していたのを思い出す。

本当はどうなんだろう。一読を薦めるが、3冊の中では一番最初に訳された「スミソン氏の遺骨」が優れているように思う。

註 ご意見をお待ちしてます。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha